「水牛の角でつくられた街で」


蔑ろにされていた話をしよう。

彼は、わたしともう一人の女を、週に一度ずつ部屋に呼んでいた。
わたしは部屋を出る時、彼の煙草の吸殻や空いたペットボトルなどを片付けたが、次に部屋に入る時はいつだって、もう一人の女の使ったコットンや汚れた食器などで散らかっていた。
また、彼はよく、わたしにもう一人の女の話をした。
身体が薄く、ゆっくりと瞬きをするがピアスを沢山つけていて、バイクに乗るらしい。
しかし、もう一人の女にはわたしの話はしなかったようだ。とは言っても、お互い存在を解ってはいたのだが。

何より、わたしの歯ブラシはブルーで、もう一人の女はピンクだった。
つまり、わたしが完璧な浮気相手だった。

ある日、彼は北へ旅行に行くと言った。もう一人の女と。
胸が引き攣るのを感じたが、何でもない顔でお土産をねだると「甘いものが好きだったよな」と訊く。
特に好きでもない気がしたが、キーホルダーだとかを買ってこられても癪だし、ブルーの歯ブラシの君にだって、少しくらいステレオタイプな女らしさを感じてくれたって良いだろうと思い、頷いた。


「旅行はどうだった?」
「すごく良かったよ。ああ、ありがとう。」

いつも通り彼の部屋で、淹れたコーヒーを手渡す。 昨日帰ったばかりの為、少し疲れているようだった。
他の女と出掛けた話を平気な顔で聞く女など、全く以って可愛くない。
それなのに、具体的にどのあたりを観光したか、レンタカーを借りたりしたのか、食事はやっぱり海産物が良かったのかだとか、別に訊きたくもない事を次から次へと尋ねてしまう。彼も答えていく。
そして、お土産を買うのは忘れたそうだ。

笑ってしまう。持っているカップを彼に投げつけたくなった。
本当は、ずっとそうしたかった。でもいつだってしない。聞き分けの悪さは惨めで、無様で、悪だから。
だが結局、何を考えているかわからないような掴み所のない綺麗な女が全て攫っていく。
わたしだって、きちんと捕まえておかないと不安な女だと思われたい。連絡が取れなければ思い煩ってほしい。バイクにも乗ってみたい。ピアスも開けようか。

…やっていられない。
ふと目に入ったのはテレビのリモコンだった。カップをテーブルに置き、代わりにそれを握ってみる。
辞めだ辞めだ。そう思った。








もう十年近く前の出来事だが、ふとした時に、あれはパナソニックのものだったとか、そういう事も思い出す。
自分が激情型だと知ったのは紛れも無くあの時だ。

あの後、リモコンは無事クリティカルヒットした。彼は何も言わなかった。
褒められた話でもないので今まで誰にも言った事はないし、わたし自身、普段はすっかり忘れてしまっていたけれど。

偶然、街で彼に会ったのだ。
髪が短くなり、少し太っていた。煙草や酒はすっかり抜けたらしい。家族の為だという。
手を上げて「よう、暴力振るい。」と笑うものだから、つられて笑った。

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