「唯一の相手に選んで」

本当に、身体からなにか…匂い立つ人というのはいる。

昔、好きになった男の人がそうだった。始めは使っている香水か整髪料、柔軟剤のたぐいだと思った。とにかく、彼が笑っても怒っても遊んでも疲れても汚れても、何をしてもその匂いがするのだ。
清潔な四角い石鹸、まだまだ使い始めたばかりの角が取れてしまっていないものと“4711 Portugal”が混ざったような、わたしにとっては大変好ましい匂いだった。
しかし何故だか、何人かで一緒にいると彼の匂いは息を潜め、横にいるとほんのりわかる程度にまでなる。はたまた二人きりになればたちまち車の中や部屋に彼の匂いが充満し、わたしはひどく酔っ払った。自覚の無い彼は首をかしげるばかりだった。
服を脱がせ、何日も一緒にベッドの上に居て、やっと気付いた。肌が香っていると。
「たぶん、花や宝石だとかを食べているからだよ。」と彼は笑っていた。

久しぶりに都心を歩くと人工的な良い香りのする男の人が沢山いて、思い出したのだった。
本当は彼が匂い立っていたのではなく、わたしが何か、勝手に作り出していたのかもしれないと思う時もある。なにしろ十歳離れた彼に、殆ど一目惚れだった。
そして彼に初めて言った言葉も、今思えば恥ずかしいものだ。
「笑った口元が、うさぎみたいで可愛いですね。歯が白くて大きいからうさぎに似ている。」
馬鹿ね。男の人はあんなこと言われたって嬉しくなんてないのに。

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