「恋なので仕方ありませんでした」

伊東のホテルだった。
一泊で予約をしたが、もう少し居てしまおうかと笑ったのが始まりで、三泊目だ。
いつまで居るかは決めていない、とりあえず一週間分の支払いをしたと言う。
彼がどこかへ出てしまったので、散歩がてら買い物に行く。舗装されていない道は砂埃がよく立った。ホテルから徒歩十五分のドラッグストアで、ボトルの表面が少し埃っぽいシャンプーとリンス。ボトルなんか東京へ帰る時に荷物になる。なら使い切ってしまう?
もうずっと、胸に冷えたものがある。でも…だったらなんだって言うんだろう。

部屋に戻ると彼が居た。煙草を吸いながらわたしが提げている袋を見やる。目が苛立つ。
「買い物?」
「うん。」
「あんたはしなくて良いんだよ、そういうのは。」
あんた、なんて初めて言われた。
「ごめん。」
悪いと思ったらすぐ謝る。良い子だと思う。

日中は適当に観光をしたり、部屋で短いセックスをした。ラウンジの本棚にあった襤褸けた本も読んだ、彼は文字を指でなぞりながら小さく声に出して読み、目が合うとただ頷く。わたしが好きだと言った漫画。
「…御手はあまりに遠い…」

バイキング形式の夕食付きプランだったが、レストランへは行ったり行かなかったりだった。煙草とお酒をのみ、コンビニで適当なものを買ったり、外食もした。



本当はもう駄目なのだと、分かっていた。知り合った時とは全くの別人だった。わたしのせいでも、勿論、彼のせいでもない。
ばらけた彼の幾つかの部品は、永久に手の届かない場所へと入り込んでしまった。
何度も泣き出しては直ぐに飽き、少し経てばまた泣いた。


車に荷物を積み込む。シャンプーとリンスは部屋に置いてきた。もう必要が無いから。
東京へ戻るために海沿いを走る。この道を何度も通った。何度も、何度も。

「海が綺麗だね。こんな綺麗なところに、もう来ないんだな。」

彼は、わたしが分かっているということを、分かっていた。

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