失敗したことない人間
このような言葉を聞いてどう思いますか?
いわゆる名言と言われるものたちですが、まあ確かに名言は時にくさいと批判されます。
でも彼らはポエマーではないため、普段からかっこいい言葉を考えているわけではなく本当に心から感じている気持ちを端的に言葉にしているだけなので、彼らの本当の思考が分かるので僕はとても好きです。
そして上の2つは、僕の思考や価値観とよく似ています。
僕は昔から死ぬほど負けず嫌いな人間です。
5歳という年齢からずっとサッカーをしており、勝ち負けにこだわる習慣が自然と身についたからでしょうか。
6つ上の兄にすべてのことにおいて、常に負け続けて育ったからでしょうか。
どちらも僕の負けず嫌いを構築した要因だと思っています。
理由はどうであれ、とにかく負けず嫌いなんです。
それが理由で僕は小さい頃から負けや失敗を受け入れるのが苦手です。
傍から見たら醜い言い訳や、単なる屁理屈であっても僕はどうにかして負けや失敗を回避できないかと考えます。
勝ち負けのはっきりしているサッカーだけでなく、普段の些細なことにおいても同様です。
友達にいたらちょっとめんどくさい奴かもしれません。
そして失敗を回避するときはだいたい、何かしらの理由を自分なりに見つけて自分を正当化するということに着地します。
それが小さい頃は、相手の非を探して相手を攻撃することが多かったと自覚していますが、もう大人と言われる年代に入ってからは上に挙げたような名言に近い考え方をすることで自分を正当化するようになりました。
正当化するという言葉を使うと、情報を捻じ曲げて自分の都合の良い風に変えて納得する、という感覚を持つが、別に僕は今の失敗に対する考え方としてはなんとか正当化しているというよりは、本音で名言のような考え方を持っていると言えます。
具体的に例を挙げてみると、僕は大学1年生の時に受けていた授業の影響を受けて、趣味の範疇で気象予報士の資格を取ろうと勉強をしていた時期があります。
アルバイトをして稼いだお金から1、2万円ほどを使ってテキストを購入して勉強していました。
先に結果から伝えると、恥ずかしながら受験するにも至らずに挫折したということになります。
原因はいろいろありますが、この挫折をしたという大学1年生のタイミングでは、この出来事は失敗と呼べるかもしれません。
ですが、僕は上記の名言のような考え方を持っています。
数年後、僕はTOEICや簿記検定、統計検定などのいろんなジャンルの資格に挑戦し、合格しています。(TOEICに関してもそこそこの点数が取れたので合格としています)
大学1年生の時点単体で見たら失敗と言われるかもしれない経験から、僕は資格の勉強に関するあらゆるノウハウや、1日8時間椅子に座る忍耐力、気象予報士試験の難易度、などなど挑戦した人にしかわからないことも含めてたくさんのことを学びました。
(気象予報士試験と日商簿記等では難易度が全然違うじゃないか、というツッコみはお受けしますが、この気象予報士試験の勉強の経験がなかったらこんなに効率よくいろんな資格に挑戦できていなかったかもしれないと思っています。)
また、僕は中学3年生の時に全国大会出場をかけた試合にPK戦の末敗北した経験があります。
当時はかなり悔しかったことを覚えています。
ですが、3年後の高校3年生の時にインターハイで悲願の全国大会出場を成し遂げました。
周りからは失敗と言われる経験を生かして、数年後に別の形で成功と言われる成果を出す。
これらのストーリーを長い目で見ると、気象予報士試験に失敗したことや中学時代に試合で負けたことは明らかに、失敗ではなく、上手くいかない1つの方法を学んだとはっきり言えます。
まさにエジソンのように。
僕の頭の中はこんな感じになっていて、傍から見たら失敗だと思われるようなことでも本当に失敗だと自分が心から思えることは経験がないし、そもそも失敗は存在しないという風にもキンコン西野同様、考えています。
昔は負けず嫌いな性格から人間関係に悪影響があったりもしたけど、今はこの性格を気に入っています。
この性格も一つの理由で、失敗とは無縁であると考える人になることができたから。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
みなさんにとって何か新たな気付きになれば幸いです。
ポジティブな性格や楽観的な性格が影響を与えていることも考えられますが、僕は失敗してもそれを失敗だとは思いません。
というか失敗は存在しないので。
では、また。
〇思考
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