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「三好一族 戦国最初の『天下人』」 △読書感想:歴史△(0016)

織田信長に先立って戦国時代の京都で覇権を握った三好長慶、そしてその父祖や子孫ら一族の歴史をまとめた一冊です。

三好一族 戦国最初の『天下人』」
著 者: 天野忠幸
出版社: 中央公論新社(中公新書)
出版年: 2021年

<趣意>
歴史に関する書籍の読書感想です。 対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。 新刊・旧刊も含めて広く取上げております。

 

※一部、本書本旨に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください

<概要>
三好長慶はこれまでどちらかといえば、学校の日本史教科書的な文脈でいえば「悪役」「ヒール」的な扱いだったのではないでしょうか。

室町時代後期・戦国時代に入るといわゆる"下剋上"により、それまで下位の地位にいた者が既存の序列をひっくり返して上位の者を追い落とすなど実力で権力を掌握するという流れが強まってきました。
そのような"下剋上"を体現するような人物の一人として挙げられるのが、三好長慶ではないかと思われます。

長慶は直接の主家である細川家(室町幕府の管領家のひとつ)の家中の混乱に乗じて(?)細川家を事実上コントロールし、さらに応仁の乱以降に権威・権勢ともに低迷しつつあった足利将軍の実権さえも手を伸ばすことにもなります。 
その長慶も自分一代でそのような地位や実力を獲得したわけではなく、祖父や父の代からの活躍という素地と土台があったればこそです。

本書では、長慶の父祖らの事績から始まり、長慶による三好一族の絶頂期を経て彼の死によるその子孫らの没落まで、三好一族の歴史上(織豊期や江戸時代初期)における業績や記録を描いています。

 

洛中洛外

狩野派,Kano School『洛中洛外図屏風』(東京富士美術館所蔵)
「東京富士美術館収蔵品データベース」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/tfam_art_db-1163)

<構成>
全体は七章で構成されています。 大きく分けると3つになります。
第1に、第一章・第二章では三好長慶の祖父・三好之長そして父・三好元長の事績と二人による三好家の隆盛。
第2に、第三章・第四章では三好長慶による「天下」掌握とその全盛期の様子。
第3に、第五章・第六章では長慶死後の三好家後継者らの権勢の後退と混乱のプロセス。さらに織田信長登場以後の三好家の没落と行く末。
そして最後にまとめとして、三好長慶を軸として三好一族の歴史的意義が総括されています。

 

<ポイント>
最大のポイントはやはり三好長慶の存在とその活躍そして歴史的評価になるでしょうか。

本書の副題にあるとおり、戦国最初の「天下人」としての三好長慶の評価、その業績や権力構造の分析に一番の力点があるものと思われます。
室町時代前期、政治権力の頂点は足利将軍にあり(この際、天皇・公家の朝廷権力については置いておきます)、将軍のサポート役として管領というポストがありました。 現代で言うならば、将軍が総理大臣なら、管領は内閣官房長官(政権内のブレーン役・調停役)いえるかもしれません。

三好家は管領家の細川家の家臣ですから、将軍からすれば陪臣(自分の家臣の使用人みたいな存在?)ですから、同じく現代風にいうならば、内閣官房の事務方の最高幹部の一人という位置づけであったのではないでしょうか。

それが応仁の乱を契機とする室町時代後期・戦国時代前期の政治的混乱により将軍家と管領家が内紛で権勢が低下していくなかで、実力で身分上昇を遂げて主家の細川家を凌ぎ、将軍家さえも左右する権勢、つまり事実上の「天下人」と目されるまでになります。

そのプロセスと構造を長慶の父祖まで遡り、連綿と続く権力掌握までの分析と考察により、三好長慶の歴史的評価に取り組んでいるものと思われます。

 

<補足>
三好長慶 (Wikipedia)
足利義輝 (Wikipedia)
管領 (Wikipedia)
応仁の乱 (Wikipedia)
足利義晴 (Wikipedia)
松永久秀 (Wikipedia)
下剋上 (Wikipedia)

<著者紹介>
天野忠幸 (あまのただゆき)
天理大学准教授、歴史学者。 専門は日本中世史。
Wikipedia
天理大学
その他の著作:
『室町幕府分裂と畿内近国の胎動 (4) (列島の戦国史)』 (吉川弘文館)
『松永久秀と下剋上:室町の身分秩序を覆す (中世から近世へ)』(平凡社)
『荒木村重 (シリーズ・実像に迫る10)』(戎光祥出版)
など


私的雑感_読書感想

<私的な雑感>
前述したように、三好長慶というと、これまでは(私の学生時代の頃ですが)下剋上の代表的人物の一人として語られてきたことが多かった印象です。 その文脈では、主家である細川家を蔑ろにしてさらに将軍さえも京都から放逐して天下を牛耳った男という、どちらかといえばマイナスやネガティブなイメージが個人的には強かったです。

しかし、混迷する政治・社会状況の当時を生きていた彼とすれば、沈下が著しい室町幕府の力では京都・畿内を中止とした天下がまとまらず鎮まらないなかで、実力ある自分が天下を治めて社会を機能させなければならないだろう、というある種の"正当な"使命感や正義感を持っていた一面があったのではないでしょうか(もちろん個人的な権力欲や出世欲もあったと思いますが)。

朝廷や京都の町人らもまた、そのような社会を丸く収めてくれる人物を必要としていたのではないかとも思われます。 
将軍や管領家等の有力大名たちが内紛や権力闘争に明け暮れてまっとうな執政がなされないような状況であれば、なおさらだったのではないでしょうか。

長慶の意外な(私にとってはですが)一面は、彼が文化人や教養人的な志向があったところでした。 彼は連歌をたしなみ、当時の公家・僧侶や文化人らと文化的な交流を結んでいました。 そういう一面も公家たちから受入れられやすかったのかもしれません。
たんに武力や経済力に秀でており、軍事力だけで周囲を圧倒して押さえつけるだけのような人間ではなかったのでしょう。

しかし彼の蹉跌もまた後継者問題であったかもしれません(将軍家や管領家と同様に)。 後継者であり実の息子であった三好義興に先立たれてしまい、また有力者であった実弟を謀殺するなどにより、結局、三好家もその本宗家の家督相続をめぐって分裂と内紛が生じてしまいます。
こうして長慶の天下もまた長続きせず、安定化・構造化することなく、天下は混乱に戻ってしまいました。

そしてその後、織田信長が現れることになります。 信長が長慶と何らかの交流があったのかは不明確なようです。 しかし、長慶の畿内支配については、信長は若年であったとしてももちろん知っていたことでしょう。 信長は長慶の天下をマイナス面でもプラス面でも参考にして、やがて天下の掌握に動き出すことになったのではないでしょうか。

そう言う意味では、結果論になりますが、三好長慶は織田信長のための露払いをしたといえるのかもしれません。

読んで良かったです!

 

<本書詳細>
「三好一族 戦国最初の『天下人』」
(中央公論新社)

<参考リンク>
書籍: 『三好長慶 室町幕府に代わる中央政権を目指した織田信長の先駆者』(宮帯出版社)
書籍: 『三好長慶 諸人之を仰ぐこと北斗泰山』(ミネルヴァ書房)
書籍: 『飯盛山城と三好長慶』 (戎光祥出版)
書籍: 『中世武士選書45 足利義輝と三好一族――崩壊間際の室町幕府』(戎光祥出版)
書籍: 『中世武士選書31 三好一族と織田信長―「天下」をめぐる覇権戦争』(戎光祥出版)
Web記事: 戦国こぼれ話 「最初の天下人」といわれた三好長慶の生涯は、戦いに次ぐ戦いの激しいものだった」 (Yahoo!ニュース)
Web記事: 三好長慶と飯盛城 (エエトコ!だいとう)
Web記事: 信長より20年早かった男 最初の"天下人" 三好長慶 (NHK/関西ブログ)
Web記事: 織田信長、豊臣秀吉に先んじて、京と畿内に覇を唱えた者がいた…戦国最初の「天下人」は誰なのか? (文春オンライン)

敬称略
情報は2022年1月時点のものです。
内容は2021年再版に基づいています。

 

高札場

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(2022/02/10 上町嵩広)

 

<バックナンバー>
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