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△読書感想△「江戸近郊道しるべ」

今回のテーマは江戸時代の幕臣の旅日記。 江戸近郊の名所の漫遊記でしょうか。

「江戸近郊道しるべ 現代語訳」 
著 者: 村尾嘉陵
訳 者: 阿部孝嗣
出版社: 講談社(講談社学術文庫)
発行年: 2013年(初版)

 

※一部、本書本旨に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください

<概要>
江戸時代の幕臣:村尾嘉陵が執筆した江戸近郊の寺社・旧跡や名所・佳景を求めて歩いた旅の記録です。
出版を目的としたものではなく、私的に書き留めたものですので、江戸時代の人の率直な感想やありのままの風景が飾りなく書き残されています。


<構成>
本書は四部構成となっており、江戸近郊を東西南北でエリアごとに書分けられており、その各エリアごとの名所等への村尾嘉陵の旅のエピソードがいくつかにまとめられています。 本書は著者による原著の全録ではなく抄本になります。

西部では、府中、井の頭、大宮(現在の杉並区)や高幡不動など。
北部では、川口、大宮(現在の埼玉県)や谷中など。
東部では、国府台(現在の千葉県)や綾瀬など。
南部では、川崎大師、千束や目黒など。
おおまかにはだいたい以上のような場所が取上げられています。

 

<ポイント>
著者の村尾嘉陵は、徳川御三卿のひとつ清水家に用人として仕えた幕臣です。 時代としては江戸後期であり、彼の後半生(おおむね化政文化期が中心)の趣味であったらしい江戸近郊への小旅行の記録になります。

江戸時代ですので移動手段は基本的に自分の足。 つまりもっぱら徒歩旅行になります。 歩きの旅行のため、目的地の様子だけでなく、その道中の様子、村落や自然の風景も書き記されています。 途中の茶店での主人たちとの会話のやりとり、土地土地の伝承や昔話、先人たちの事績などのエピソードも豊富に書き留められており、江戸時代の往時の様子がよく伝わってきます。

自然や風景への感想、旧跡や歴史への感傷など村尾嘉陵のよくもわるくも個人的感想が書き連ねられています。 江戸時代の人々らしい情緒も垣間見えますが、むしろ現代人の私たちが自然や名所を訪れて感じることと同様にものを見て感じて考えていた、と共通点に気づく部分も多いと思われます。

おもな訪問先としては、府中の大國魂神社、日野の高幡不動、埼玉県大宮の氷川神社、川崎大師などが現在でもよく知られているところでしょうか。

 

<私的な雑感>
一読しての大きな感想は、つきなみですが、「昔の人はよく歩くなぁー」という感嘆でしょうか。
最初のエピソードに府中の大國魂神社が出てきますが、日帰り旅行です。 神社の近くで夕食をとってお酒も飲んでいるので、お泊まりなのかと思ったら、その足で江戸に帰ってきます。 もちろん歩いて…。

村尾嘉陵が歩き訪ねた場所は、江戸の中心部に近い浅草、日本橋などの有名な繁華街や遊興地ではなく、多くが江戸近郊(江戸の外)の寺社・名所になります。 緑濃く人出もさほど多くない土地を選んで訪れたのは、彼の嗜好でしょうか。

天気が良さそうなので思い立ったが吉日とばかりに家を飛び出したり、気の合う仲間と前々から打ち合わせて噂に聞いた名所を訪れたり、休日に暇をもてあまして妻の小言から逃れるように理由を言いつくろって外へ出るついでに歩き回ったり。 村尾嘉陵の人柄がしのばれると同時に、現代の我々にも相通じる人間の変わらぬ営みと心を感じ取ることができました。

書いてあることはあくまで村尾嘉陵の個人の主観による私的な心の内(他人に見せることを想定していない)ですので、ときには「つまらなかった」や「たいしたことなかった」という遠慮や忌憚のない感想が残されていることも、現在の我々からすると面白い点ではないでしょうか。 そのため、かえって江戸時代の人々のリアルな感情や思いを理解できるように思われます。

現代の東京にも残る寺社や名所も出てくるので、村尾嘉陵が書き記した当時の様子をもとに訪問してみて、現在の様子と見比べてみるのも面白いのではないかと感じました。

読んで良かったです!

 

<補足>
本書は「江戸近郊道しるべ」(編注/朝倉治彦 出版/平凡社東洋文庫 1985年)を底本とした現代語訳版になります。 さらに、本書原本は「江戸近郊ウォーク」(出版/小学館 1999年)であり、本書はこれを文庫化したものです。

 

<本書詳細>
「江戸近郊道しるべ 現代語訳」 (講談社/講談社学術文庫)

<参考リンク>
・書籍 「江戸近郊道しるべ」 (平凡社/東洋文庫)
・書籍 「江戸近郊ウォーク」(小学館) (国会図書館)
・書籍 「古地図で大江戸おさんぽマップ」 (実業之日本社)
・書籍 「カラー版 地図と愉しむ東京歴史散歩 地形篇」 (中央公論新社/中公新書)
・ウェブ記事 「浮世写真家 喜千也の『名所江戸百景』」 (nippon.com)
・ウェブ記事 「東京で見つける江戸」 (GQ)
・ウェブ記事 「歴史探訪東京さんぽ」 (NEWSポストセブン)

 

敬称略
情報は2021年6月時点のものです。
内容は2013年初版に基づいています。

 

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(2021/07/01 上町嵩広)

 

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