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「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」 △読書感想:歴史△(0015)

平成最大の未解決事件ともいわれる日本・警察組織トップへの殺人未遂事件の"真犯人"の実像に迫るルポルタージュです。

警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」
著者: 清田浩司、岡部統行
出版社: 平凡社(平凡社新書)
出版年: 2019年

<趣意>
歴史に関する書籍の読書感想です。 対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。 新刊・旧刊も含めて広く取上げております。


※一部、本書本旨に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください

<概要>
1990年代半ば(約30年前)、地下鉄サリン事件等の組織的なテロ行為などを首謀したとして新興宗教・オウム真理教の教団本部に強制捜査が入りました。 この一連のオウム真理教事件で日本全国が騒然となるなかで発生したのが警察庁長官狙撃事件です。

オウム真理教が警察による教団捜査を妨害しようとして起こした事件として説明されることが多かったなかで、そうではない本当の真犯人を明らかにしようとするジャーナリストの真相究明への取材活動、"真犯人"とされる老スナイパーの特異な人間像そして捜査における警察組織内の暗い葛藤を描いた一冊です。

 

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<構成>
全体の構成は6つの章に分かれています。
第1章では、狙撃事件の概要と捜査する警察の動きを総括しています。
第2章では、警察の主眼であったオウム犯行説とは異なるもうひとりの有力な容疑者(本書で"真犯人"とされる老スナイパー)の存在が明かされます。
第3章では、警察上層部のオウム犯行説に抗いながら老スナイパーの犯行を裏付けようとする捜査員らの動きが語られます。
第4章では、著者たちによる老スナイパーの履歴を追う独自の米国取材の様子が述べられています。
第5章では、オウム犯行説の再検証をひとつひとつ重ねています。
第6章では、老スナイパーの犯行を裏付けることができる最後の「証拠」に迫る著者たちの取材が記されています。

全体として、ジャーナリストである著者たちによる狙撃事件の真相究明を描いたルポルタージュといえるのではないでしょうか。

 

<ポイント>
事件発生から時効成立までの当時の世間一般の認識としては、オウム真理教による教団捜査に対する妨害や混乱を目的として実行されたものの証拠等が十分に集まらず立証できなかった未解決事件というようなものであったと思われます。

本書でも書かれておりますが、本事件は2010年に時効を迎え、そのときに警察庁が(異例なことですが)時効で未解決に終わったことへの記者会見を開きました。 その際に「立証はできなかったがオウム真理教による犯行だ」というような、未解決事件にもかかわらず犯人を警察庁が断定したと受け取れるような発言までありました。 これは当時でも大きな批判や議論を呼ぶことになったと記憶しております。

本書は、未解決事件を真相究明するルポルタージュやドキュメンタリーなどのノンフィクションもののひとつになるかと思われます。
当時の一般的認識であった「オウム犯行説」により表に出てくることがほとんどなかった、たった一人の老スナイパーによる単独犯行という驚愕(?)の「真実」のある種の暴露という点が本書最大の特徴ではないでしょうか。

本書では、長年(事件発生当時から)、ジャーナリストとして狙撃事件に関わってきた著者が、捜査関係者に幅広く深く浸透し、そして老スナイパー本人と周辺に取材を重ね、さらにアメリカまでも赴き情報収集を行った末に真相に迫っていく様子が記されています。

ルポルタージュの様式になると思われますので、実録的に丹念に事実を重ねています。 一方で要所要所で著者らの心象や内心も語られており、たんに客観的事実だけを列記したような味気ない体裁ではないので、まるで物語を読むようにすらすらとページをめくっていけます。

"真犯人"とされる老スナイパーの履歴は非常に特異です。 根っからの反警察思想なのかもしれません。 若年から反社会的な暴力活動を始め、過去に警察官殺しも実行していました。 さらに警察庁長官狙撃事件のその後に現金輸送車を襲撃して警察に逮捕されていました。 
そして襲撃事件の捜査の過程で異常な質と量の銃器等武器弾薬を隠匿していたことが明らかになり、警察から警察庁長官狙撃事件に関する疑念の眼を向けられることになります。

その老スナイパーのそれまでの活動の特徴を考えると「孤独の暗殺者」または「フリーのテロリスト」とでもいえるような、小説や映画などのフィクション作品に出てきそうな際だったキャラクターの印象です。

本書がこの世に出ることができたのは、その老スナイパーの自らの告白によるところが大きかったと思われます(著者たちのジャーナリストとしての取材力の高さはもちろんですが)。 

老スナイパーが警察から重大な容疑を掛けられていたのは事実のようですが、そこで「私はやっていません」と完全否定してしまえば、おそらく老スナイパー説は断絶してしまったのではないでしょうか。 かりに本説が取上げられても珍説奇説の類いで些末に片付けられていたかもしれません。

老スナイパーはさらに絶妙な言葉とコミュニケーションで警察の一部や著者たちをある意味で誘惑し煽情します。 そのために著者たちは好奇心とジャーナリスト魂に火をつけて狙撃事件の真相究明のための情熱的な取材に突き動かされます。

事件そのものの特殊さ、真犯人の人間像の特異さ、そして著者たちのジャーナリストとしての強い執念、この3つが揃ったことが本書を最大限に面白くしているのではないかと思われます。

 

<補足>
警察庁長官狙撃事件 (Wikipedia)
オウム真理教事件 (Wikipedia)
地下鉄サリン事件 (Wikipedia)
警察庁 (Wikipedia)

 

<著者紹介>
●清田浩司 (きよた こうじ)
テレビ朝日所属のジャーナリスト。一連のオウム真理教事件について発生当初から取材を続ける。
そのほかの著作:
『塀の中の事情 刑務所で何が起きているか』 (平凡社)

●岡部統行 (おかべ むねゆき)
ジャーナリスト。フリーランスとして各テレビ局のドキュメンタリー番組などを監督。

 

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<私的な雑感>
これは人伝に聞いた間接的な話でしかありませんが、警察がもっとも強い執念で捜査する事件は「警官殺し」だそうです。
もちろん、自分たちの仲間が狙われたのですから、いわば復讐心もあるでしょう。 とくに警察庁長官という日本の警察組織トップが銃撃(拳銃を使った犯罪は凶悪性が高いとして一般的に重要度が高くなるようです)されたのですから、警察も組織のメンツとして犯人を絶対に逮捕するという強い決意があったものと推察されます。

しかし大きな組織にありがちですが、上層部が決めた(または求める)方針に従って組織が動いたその結果(またはそれゆえに)、失敗や挫折してしまうということがあります。 企業の事業運営や経営においても同様でもありますが。
本書でも述べられていますが、オウム犯行説で動く組織の大きな体制のなかで老スナイパーの犯行を追おうとする一部の捜査員たちの抗う姿が身につまされるようで痛々しい…。

上が決めたことで全員が一致団結して最大限の成果を生み出すこともまた組織運営の真実なる一面だと思いますので、それを全否定することはできないと思いますが。

著者と捜査員たちの、真相を究明しようとする思いは一緒であり、そのための両者のやり取りなどはまるで小説や映画のシーンのようによくできていてとても面白いです。
ただ本書に書かれている一連のやり取りがすべてで正しいとすると、たぶん関係者には捜査員当事者が特定されてしまうでしょうから、なんらかの脚色などはあるかもしれません。

著者と捜査員たちの真相究明への熱い思いが一緒であったように、おそらく真犯人による犯行を立証できず蹉跌に陥った苦渋の念も同じであったと思われます。 その思いが、この事件の重大さと明らかにされることのなかった"真相"を忘れ去れることのないようになんとかして世の中に伝え遺したいという考えに昇華し、本書執筆に至ったのでしょうか。

たいへん勉強になりました!!

 

<本書詳細>
「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」
(平凡社)

<参考リンク>
テレビ番組「NHKスペシャル/未解決事件 File.07 警察庁長官狙撃事件」 (NHK)
Webサイト記事「《国松長官狙撃事件の闇》現場から消えた“長身の男”…オウム信者の「拳銃スケッチ」は秘密の暴露だったのか」 (文春オンライン)
Webサイト記事「警察庁長官狙撃事件「真の容疑者」●●●●からの獄中メッセージ」 (現代ビジネス) ※記事の原題は実名記載ですが、諸般の事情を考慮し本ページでは伏字にいたしました。ご容赦ください。
Webサイト記事「なぜ警察庁長官狙撃事件は未解決のままなのか。“オウム信者”と“自白した男”が不起訴の理由」 (FNNプライムオンライン)
書籍「警察庁長官を撃った男」 (新潮社)
書籍「宿命 國松警察庁長官を狙撃した男・捜査完結」 (講談社)
書籍「完全秘匿 警察庁長官狙撃事件」 (講談社)
ネット動画「警察庁長官狙撃事件の真相~“ 真犯人”の告白…東大中退の“老スナイパー”に迫る(2020年12月放送)」 (YouTube/ANNnewsCH 認証済み)※約53分42秒(CM除く)

 

敬称略
情報は2021年12月時点のものです。
内容は2019年初版に基づいています。

 

高札場

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(2022/01/13 上町嵩広)

 

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