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ブルーアイズ


 君ほど孤独な人を、僕はまだ見たことがない。

 いつも周りの誰かに囲まれていたのに、君はどこまでも孤独な人だった。周りから除け者されてしまう孤立ではなく、あくまで君は孤独だった。

 人に囲まれているのに、誰とも心通わせることが出来ず、癒えることのない傷を胸の内側に抱えている悲しい孤独の雰囲気を君は纏っていた。

 僕にはそう見えた。
 僕は君のそういうところが好きだった。

 憂鬱そうに遠くを見つめている君は、どこまでも美しく見えた。

 君は一人でいること苦だとは感じていないようだったし、ずっと一人で本を読むことが好きなようだった。しかし結局、君は笑顔で友達と話すから、周りに人は絶えなかった。

 でも、君は一人だった。どこまでも、孤独だった。君の憂鬱で退屈そうな瞳には、何が映っていたのだろう。

 僕にはずっと、君が何を考えているのか分からなかった。

 あともう少しで君と心を通じ合わせることが出来るというギリギリのところで、君はいつも一歩引いて僕がそれ以上近づいてくることを拒んだ。

 それどころか、近づけば近づくほど、君が遠く離れていく感覚がしていた。

 君が何に脅えていたのか、僕には分からない。窄めていた肩に何がのしかかっていたのか、僕には分からない。

『好きな人のことを深く理解したい』という欲求は、女の子特有のものだと思っていた。しかし、僕は深く君のことを理解したくなっていた。僕の気持ちは大きくなっていくばかりだった。苦しかった。

 恋の酸いも甘いも経験したことがなかった僕は、初めての感情に動揺するばかりだった。

 それまで恋に落ちる感覚は、僕にとって天高くなっている果実のように、どこか遠くにあるもので、実際に触れて実感することが出来るような現実味を帯びたものではなかった。

 僕は人を好きになれたことがなかった。

 でも、僕は君と出会って、初めて人を好きになった。君が抱えている傷に引き寄せられるように。

  僕は傷を背負っている人が好きなのかもしれない。仲間意識があるのかもしれないと思う。

 彼女が家族から精神的虐待を受けていたという事実を知ったのは、彼女と出会ってから一年半が経ってからだった。

  休日の暇を潰すために一緒に出掛けたその日に、私は彼女から初めて家族の話を聞いた。

 これまで彼女の体に不審な傷を見かけたことは無かった。

 だから、家族との問題があるとは思っていなかった。少なくとも『虐待』のような酷い仕打ちを受けているとは思っていなかった。

 しかし、彼女は虐待を受けていたのだ。

 家族全員から無視され、一日の中で何往復かの会話こそすれ、両親からの関心を得ることは全くないのだといった。

 彼女には弟がいたみたいだが、2歳に満たない頃に浴槽で溺れて亡くなったということもそのときに聞いた。

 その後に何があったのか、両親は彼女に関心を持たなくなったようだった。彼女はそこで深く傷ついたのだろう。

「小さい男の子を見るたびに、弟のことを考えてしまうの」

 彼女は飲んでいたホワイトレディのグラスを置いて話した。

「きっと、自分の子供が出来ても、昔死んだ弟の影がちらついて私は上手く子供を愛せないかもしれない。それに、私は子供の愛し方を知らない」

 暖色のキャンドルの照明が、彼女の頬を照らしている。川沿いのバーのカウンターに座っている私達は、看板のない高級なバーへと来ていた。

「だからきっと、私は誰かと家族になることは出来ないと思うの。でも、誰かと家族にならずに、長く生きていけないというのも分かっているの。だから、どうしても私は上手く生きていくことが出来ない」

 彼女は深く考えているとき、斜視になる。特に、何か彼女の奥深くへと入っていかなければならないような物事について考えるとき、彼女はこの世界から離れてしまったような雰囲気を纏うことになる。

 私は彼女の窄めた肩を見ながら、今日は長い夜になる予感がしていた。




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