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ツハ
2021年11月17日 00:21
まだ太陽は東寄りに位置している。 住み慣れた街から車で二時間半。遠く離れた場所で、千雅(かずまさ)と世那(せな)は観覧車に乗っていた。前後のゴンドラには誰も乗っていないが、無邪気にじりじりと降り注ぐ陽の光が閑散さを一掃していた。 千雅も世那もなかなか口を開こうとしない。ゴンドラ内は分厚い雲に覆われているように、どんよりと重苦しい空気が流れていた。 大学三年生の財布の紐は、決してゆるくな
2021年11月17日 21:43
↓1話はこちらから↓========== テレビに夢中な千雅に対し、世那は大きくあけた口をめがけて、ポテトチップスの筒の底を叩いている。「しりとりしよ、負けたらコンビニでお菓子勝ってくる」 余すところなくポテトチップスを食べきった世那が提案した。「えー、面倒くさい」 ソファにもたれ、テレビに視線を向けたまま、無表情で千雅が返事をした。「なんで嫌なの? もう何もないよ。お菓子だ
2021年11月18日 20:29
↓1話はこちらから↓========== 千雅は、建設会社の営業部で勤務している。 新卒で入社し、6年目。施工管理部で現場監督として五年働き、今年から営業部へと異動になった。マンション、ホテル、学校など、地元地域の様々な建築に携わり、各職人さんからの評判も上々だった。血の気の多い職人が言い争いを始めても、千雅が仲裁に入ると場が収まった。 現場監督での重要な作業として、工事の進捗を
2021年11月19日 22:15
↓1話はこちらから↓==========「こんなにあるの?」 揃える必要がある育児グッズを見て、千雅は思わず声をあげた。鈴村の言うとおりだと思った。 おむつやおしりふき、ミルクなど、浅い知識の上澄みを救ったようなイメージしかできていなかったことを自戒し、同時に育児の大変さと世那のたくましさを痛感した。「これでも最低限だからね。何回も買い物はいけないから、今日で色々揃えたいけど、
2021年11月20日 22:17
↓1話はこちらから↓========== 世那はソファに横たわったまま、動けなくなった。ただただじっと痛みに耐えていた。 昼食後から痛みを強く感じるようになり、だいたい二十分間隔で痛みが襲っていた。「ただいま、大丈夫か?」「結構痛いかも」 千雅は帰宅してすぐ世那の手を握り、深呼吸を促した。 次第に陣痛の間隔が短くなる。痛みも強くなってきているようだった。 千雅は、手を握りな
2021年11月21日 22:10
↓1話はこちらから↓
2021年11月23日 00:18
↓1話はこちらから↓========== 現場監督の一日は早かった。 朝六時頃起床し、七時前には家を出る。車で事務所へと向かい、七時半ごろ到着する。スーツから現場作業に着替え、八時に朝礼を行い、業務が始まる。営業部時代よりも多少起きる時間が早くなったくらいだが、朝礼での各現場担当に作業工程を説明する仕事があり、朝の段取りで一日の進捗が決定するため、朝一で気持ちを一気に引き上げるのが大変
2021年11月23日 21:02
↓1話はこちらから↓========== 千雅は単身赴任中でも、絶対に欠かさないことを三つ掲げた。「蒼唯の誕生日を祝う」「運動会に参加する」「年に一度家族旅行に行く」 どんなに忙しくなったとしても、これだけは欠かさない。千雅は強く言い切った。大黒柱としての威厳を感じさせる宣言は、百瀬家に圧倒的な安心感をもたらした。 この三つのイベントは、八月(家族旅行)、九月(誕生日、運動会)に集中
2021年11月24日 21:47
↓1話はこちらから↓========== 蒼唯は夏休みが明けても、一学期と同じ量のがんばりノートをこなしていた。相変わらず、算数の比率が高かった。 百ます計算で一位をとる。蒼唯にとって百ます計算は、もはや「算数」というより「体育」だった。「はい」 勢い良く手が上がる。 それは今日の授業でクラスに初めて響いた返事だった。「一位あおいちゃん、三分二十秒」 先生が読み上げたタイ
2021年11月25日 21:38
↓1話はこちらから↓========== 運動会前日。 千雅は、久々に一眼レフカメラを手にとった。単身赴任になって全く触っていなかったため、すっかりホコリがかぶっていた。家族に支えられてばかりな自分を鼓舞するように、カメラのホコリを振り払い、運動会での蒼唯の勇姿を全部収めてやると意気込んだ。 千雅は、朝から肩に力が入っていた。朝食の段階から首に一眼レフカメラをかけ、朝食をとっている蒼
2021年11月26日 21:08
↓1話はこちらから↓========== 観覧車は、今年がラストチャンス。 今年こそ蒼唯が楽しんでくれますように。 前日の夜、小さく願いを込めた。 報告、連絡、相談、管理、調整、責任。 頭の中に張り巡らされた言葉たちが泡のように弾けていく。家族のことで頭がいっぱいになっている時間が千雅にとってこの上なく幸せだった。 今年は、プロポーズと蒼唯の妊娠報告の場所である観覧車だ。こ
2021年11月27日 19:57
↓1話はこちらから↓========== 三年生に進級すると、蒼唯はバスケ部に入った。体育のバスケで活躍したことでバスケ部に勧誘され、入部に至った。 練習は基本的に月水金。土日はどちらかは休みと言われていたが、練習試合はなぜか例外として通っており、両日部活ということも珍しくなかった。 平日の練習は放課後から夜にかけてだったので、世那はお迎えに行くまでに晩御飯を作り、蒼唯がすぐにご飯
2021年11月29日 22:06
↓1話はこちらから↓========== 納期まで残り半年を切った。 今のところ、問題なくスケジュール通りに進んでいた。 営業部は新規クライアントでの実績を今か今かと待ち望んでいた。千雅には、事業所の上層部との会議、現場統括以外に営業担当との連携も増えていた。「百瀬さん、僕が対応できる作業って何かありそうですか?」 岸が声をかける。ここ最近、千雅に偏っていた業務を現場のメンバ
2021年11月30日 21:49
↓1話はこちらから↓========== 千雅はひとりグラウンドを走っていた。何を目標に走っているのかはわからないが、ただただ走り続けている。 千雅を挟むように、左右には線が引かれており、その線は遥か遠くまで延びていた。 息が切れる、体が重くなる、ふと今までの単身赴任を思い出した。 三年間の単身赴任がもうすぐ終わりを迎える。前例のないアミューズメントパークの建設。もがいて、苦しん