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【連載小説】11. 期待と不安 / あの頃咲いたはずなのに

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 観覧車は、今年がラストチャンス。
 今年こそ蒼唯が楽しんでくれますように。
 前日の夜、小さく願いを込めた。

 報告、連絡、相談、管理、調整、責任。
 頭の中に張り巡らされた言葉たちが泡のように弾けていく。家族のことで頭がいっぱいになっている時間が千雅にとってこの上なく幸せだった。

 今年は、プロポーズと蒼唯の妊娠報告の場所である観覧車だ。ここでダメだったら諦めがつく、最後にふさわしい場所な気がした。千雅も世那も、この一年で想像を遥かに超える成長を遂げた蒼唯なら、克服できているのではないかと根拠のない自信があった。
 到着し車から降りると、巨大な観覧車に迎えられた。
 蒼唯はぐっと口を閉じ、観覧車を見上げた。去年よりも首の角度が、少し緩やかになったような気がする。そして、対峙している観覧車に向かって歩き出した。乗り場へと向かう足取りも軽くなったような気がする。観覧車に近づくにつれて、自信に根拠が肉付けされていった。

 大人ニ枚、子供一枚。
 子供料金を払うことに対しても、全く違和感がなくなった。むしろ成長した娘を見ると、大人三枚でも良いのではないかと思うほどだ。

 ここの観覧車の特徴は、全てシースルーなところだ。なんだかんだ蒼唯は、シースルーの観覧車しか乗ったことが無い気がする。かなりハードなやり方だと振り返りながらも、三回までと決めたチャンスを撤回するには至らなかった。
 列が少しずつ前へと進む、蒼唯の足取りはまだ軽い。前のカップルが乗り込み、いよいよゴンドラへと足を踏み入れる。
三六〇度全方位から景色を眺められた。

 やはりこの観覧車に乗ると、一気に思い出が蘇る。足を踏み入れた瞬間、蒼唯の反応よりも、家族になると決めた時の思い出を振り返りそうになり、一旦頭の奥の方にしまい込んだ。
 改めて蒼唯を見ると、姿勢良く腰掛け、透明になっている地面をじっと眺めていた。徐々にゴンドラが浮上し、地面の視界が観覧車の外装から景色へと変わっていく。それでも蒼唯は目線を外さなかった。
 四分の一が過ぎたあたりで、目線を左に移し、両手で窓に触れながら外を眺めた。しばらく眺める。そして、千雅と世那の方を振り返った。
「怖くない、怖くないよ」
 蒼唯は笑顔でそう言った。千雅と世那は拍手をして喜び、思わずハイタッチした。
 蒼唯は一年前の怖がり方が嘘のように、景色に釘付けになって、この一言以外景色から視線を外さなかった。後ろから千雅と世那が同じ目線になって眺める。
 そして、二人は目を合わせた。一旦、頭の片隅にしまった淡い思い出を引っ張り出し、今の状況と混ぜ合わせる。
「二人の思い出」が「三人の思い出」になっていく。
 蒼唯と名付けた由来通り、二人の色が蒼唯へと溶け込んでいき、思い出の場所で百瀬家が一つになった。

 たまにしか会えないこの生活も来年まで。
 再来年からは、蒼唯が生まれる前の十年間での思い出も一緒に振り返られると思うと、こんなところで気持ちをすり減らしている場合ではなかった。観覧車は終盤に差し掛かり、少しずつ高度を下げていく。まだまだ景色に釘付けになっている蒼唯の影で、千雅と世那の視線は家族三人で過ごす未来を見据えていた。

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 報告、連絡、相談、管理、調整、責任。
 ついこの間、勢いよく弾けたはずなのに、昨日も当たり前のように存在していた様子で、頭の中を占拠している。

 頭の中に家族の場所が減っていくにつれて、とてつもない虚無感に襲ってきた。侘しさ溢れる一人暮らしの部屋からは、一家の主という面影は全く見えなかった。

 東京の事業所での勤務も終盤戦だ。晴れない気持ちとは裏腹に、仕事は少しずつではあるが、軌道に乗り始めていた。
ネオランドの建設は少しでも異常事態が発生すると崩壊してしまうほど、ギリギリの状態ではあったが、どうにか想定内のスケジュールになった。
 千雅の存在も確立し、所長の右腕として様々な会議に参加して方向性を策定しつつも、現場メンバーの統括もきっちりこなせるようになり、作業効率は上がっていった。
 ただ、効率を上げたことで生まれた余白は、一瞬にして見知らぬ業務で埋まっていく。
見えないところで、業務のキャンセル待ちで長蛇の列が出来ているのだろう。
 業務効率が上がっても、休憩時間は変わらない。作業量に比例して、爆発的に進行が早くなるわけでもない。責任が増えると、ランニングマシーンの上を走るように、現状維持をするにしても、千雅は走り続けなければならなかった。三十代後半になり、疲労もなかなか取れない。それでも昨日より速く走り続ける。
道のりは次第に入り組んでいく。考え抜きながらも、足は止められなかった。

 これが「栄転」というものなのだろうか。理想と現実の間でもがきながら、今日もカップラーメンをすすった。期間限定で生麺になっており、いつも食べているものよりも値段が倍だった。豪勢にして自分を労っても、大きなため息が漏れた。

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読書が苦手だったからこそ、読みやすい文章を目指して日々励んでいます。もし気になる方がいらっしゃいましたら、何卒宜しくお願い致します。