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【連載小説】12. きっと大丈夫 / あの頃咲いたはずなのに

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 三年生に進級すると、蒼唯はバスケ部に入った。体育のバスケで活躍したことでバスケ部に勧誘され、入部に至った。
 練習は基本的に月水金。土日はどちらかは休みと言われていたが、練習試合はなぜか例外として通っており、両日部活ということも珍しくなかった。

 平日の練習は放課後から夜にかけてだったので、世那はお迎えに行くまでに晩御飯を作り、蒼唯がすぐにご飯を食べられる状態にしていた。休日は、早朝集合で一日中練習ということも多かったので、平日よりも早く起き、弁当を作った。練習試合で、対戦相手の学校で試合の場合は、同行もする必要があり、拘束時間が一気に増えた。

 小学校の部活動は、マネージャーという存在はおらず、部員が準備片付けなどの試合以外の作業を賄えないため、保護者の手厚いサポートが不可欠だった。
 例えば、練習の際に部員たちが飲むキーパーの準備は、各家族での担当制だった。頻繁に回ってくることは無いが、担当となった場合、大きなキーパーや人数以上のコップを洗い、次の練習試合で持っていく必要があった。
 他にも練習試合のときは、ボールやビブスなどの道具も持ち回りで、担当の家庭に持ち帰りとなっていた。
蒼唯のサポートだけでも精一杯だったが、部活全体での担当業務や父母会への参加など、やるべきことは盛りだくさんだった。

 蒼唯のやりたいことは、何でも応援する。
 その考えが揺らぐことは全くなかったが、部活という存在は、世那の体力をみるみる削っていった。世那は、「今年まで」という言葉を原動力にどうにか力を振り絞っていた。
単身赴任最後の一年ということもあり、千雅はさらに多忙を極め、なかなか帰ってこられなくなった。平日は夜遅く、休日返上も珍しくなく、連絡もままならなかった。
 加えて、蒼唯がバスケ部に入ったことで、千雅が帰ってきても蒼唯は部活で不在ということが多く、父と娘が一緒にいる時間は著しく少なくなった。

「パパ、いつ帰ってくるの?」
 ご飯をかきこみながら蒼唯が尋ねる。蒼唯はバスケ部に入り、食べる量が一気に増えた。毎日厳しい練習に食らいつきまた一つ強くなったことで、考え方が更に大人びて、現実的になっていた。

「まだわかんないなー、今とっても忙しいみたい。今月も帰ってこられないらしい」
 言葉に不満が含まれることを恐れて、世那は一つひとつの言葉を丁寧に置くように話した。
「そうなんだ、ママも無理しないでね。いろいろやってくれてありがとう。パパもちょっとはママのことを気にかけてほしいよね」
 蒼唯は、あまりにも帰ってこられない千雅に対して懐疑的な目を向け始めるようになった。

「ありがとう、ママは全然辛くないから大丈夫だよ。蒼唯はパパママのことは考えないで、一生懸命やりなさい。パパも東京で頑張っているから。それに単身赴任も今年までだから」
「パパがどうやって仕事していたかもう思い出せないなー、いつもキャリーケース引いて遊びに行く格好でいるから。早く来年にならないかなー」
世那は、蒼唯の不安な気持ちが手に取るように分かった。ただ、千雅の苦しみ、頑張りも痛いほどわかる。

 今はじっと我慢するしか無い。「今年まで」と自らに言い聞かせ鼓舞する。この言葉を言い聞かせるのは何度目だろう。勇気が湧いてくるなら、何度だって言ってやる。確実にすり減っている体にまたムチをうった。

*****

「菜々のお父さんは、何の仕事してるの?」
「銀行で働いてるよ。なんで、どうしたの?」
 蒼唯と菜々は、公園の砂をいじりながら話していた。
 蒼唯は、「菜々ちゃん」ではなく、「菜々」と呼ぶようになっていた。
 一年生の運動会以来、菜々は運動だけでなく、勉強も頑張るようになった。

 出来るかわからないけど、全力を尽くす。
 その姿勢を蒼唯に教えられた菜々は、一躍優等生になり、あの頃の「菜々ちゃん」が思い出せないほど、真っ直ぐな女の子になっていた。

 運動会の後、蒼唯は何かにつけて菜々を誘い、一緒に遊んだ。
おかげで、菜々はクラスにも徐々に溶け込んでいき、楽しい学校生活を送れるようになった。
 蒼唯と菜々は、ニ年生、三年生は別々のクラスになったが、暇さえあれば一緒にいて、互いのクラスの友達を紹介し合い、友達の輪を広げた。
 菜々はバスケ部には入らなかったので、一緒にいられる時間は少なくなってしまったが、部活の無い火曜、木曜は一緒にいて、公園でよく遊んでいた。

「一生懸命働いていると思う?」
「んー、見たことは無いけど、朝早く家を出て夜遅くに帰ってきているし、一生懸命頑張ってると思う。蒼唯のお父さんは一生懸命じゃないの?」
「単身赴任だからわからないんだけど、最近全然帰ってこないの。多分一生懸命頑張っていて忙しいんだと思うんだけど、ママが可愛そうで」
「きっと蒼唯のお父さんも帰ってきたいけど、一生懸命頑張っているから、どうしても帰れないんだよ」
 菜々は、優しく蒼唯の父を擁護した。砂まみれの手でメガネを触ったせいで、レンズに砂がついていた。
「そうだよね」
 優しい言葉と砂がついたメガネの滑稽さで、蒼唯の不安は小さくなっていった。

 パパも頑張っている、きっと頑張っている。
 自分の気持ちが否応なしにパパの味方になれるよう、強く言い聞かせた。

*****

 今年も辛うじて、家族旅行に行くことが出来た。
 一昨年以来の東京。世那の意向で東京になった。
 世那は、千雅が建設している建物を蒼唯に見せて、少しでも父の頑張りを知ってもらおう目論(もくろ)んでいた。

 建設中のネオランドは、建物の大きさだけでなく、近未来的で、ネオンが映えるような外装の派手さにも特徴があると話題のため、まだ建設途中にもかかわらず、既に都内の若者の間では、ウワサが広がっていた。
 鉄骨部分がむき出しになっており、まだ外装の派手さはわからないものの、建物の大きさは見えてきていた。蒼唯に少しでも肌で感じてほしいという、世那の願いがそこにはあった。

 蒼唯は、旅行にもバスケの服とボールを持っていった。
 暇を見つけてはバスケをしたい、それほど蒼唯はバスケに夢中だった。
 久々にあった娘がまた知らないところで成長している、千雅は少しの物寂しさを抱えながらも、その様子を優しく眺めた。

 東京で合流すると早速、千雅の建設現場に向かった。どこまでも工事中の外壁が続いており、建物の大きさを物語っていた。ただ、外観がまだできていない点とどれほど大きいのかがわからない点で、蒼唯はさほど驚いてはいないようだった。
 高層ビルが当たり前のように立ち並び、空が狭い。蒼唯は、ネオランドの規模の大きさよりも、東京という街に興奮を覚えているようだった。
 完成して初めて人の心に刺さるものになる。千雅は改めて建設業の喜びまでの道のりの長さを痛感して、さらに気を引き締めた。

「観覧車乗りたい」
 初めて蒼唯から提案された。蒼唯の中でも、旅行=観覧車というイメージが根付いてきたようで、千雅と世那は微笑みながら顔を見合わせて、「よし、いくか」と返事をした。
去年よりも蒼唯の足取りは軽い。千雅と世那を先導するほど軽快だった。
 観覧車で見る東京の夜景は、蒼唯の心に強く焼き付いているようだった。知らない世界を知り、夜景と同様に目が輝いていた。
 ただ、建設中のネオランドは、すっかり闇に溶け込んでいた。半年後には、その派手な外装を見て、このゴンドラの中で心動かされる人が出るのだろうか。そう願いながら、蒼唯の背中越しに都内の夜景を見つめた。夜景に釘付けになっていた蒼唯は、頂上を目前になった時に、目線を千雅と世那に移した。

「ね、パパとママはなんで観覧車が好きなの?」
 突然の質問に千雅と世那は少し固まった。次第に体が火照っていく。おそらく顔も赤くなっているはずだが、夜なので蒼唯には気づかれていないようだった。
 千雅は恥ずかしさが先行し、口が開かなかった。頼りない様子にしびれを切らし、世那が話し始める。

「蒼唯が生まれる前、パパとママはよく観覧車に乗っていたの。お家の近くには観覧車が無いでしょ? だから旅行行くときには、観覧車に乗ることにしてたの。パパにプロポーズをされたのも、蒼唯がお腹にいることを報告したのも観覧車。特別な場所なの」
「へー、そうなんだ。なんかロマンチックだね」
 蒼唯は前かがみになって、千雅と世那を交互に見ながら言った。千雅は照れながらも、「ロマンチック」なんていつ覚えたんだと、千雅の中の「厳格なオヤジ」の部分が顔を出し、少しだけふてくされた。

「あおいも観覧車大好きだよ、あとパパとママと一緒に乗るのが好き。いつもはバラバラだけど、観覧車だと一緒にいられるし。あと、いつもよりママが楽しそうだもん。これからも、みんなで乗りたい。バラバラは嫌だよ」
 蒼唯はそう言うとまた東京の夜景を眺め始めた。ちょうど観覧車は頂上に位置していた。
 お前の方がよっぽど「ロマンチック」だよ。
 千雅も世那も、また逞しくなった娘の背中を見て思った。そして、蒼唯の後ろでそっと手をつないだ。
 蒼唯が大きくなっても、仕事が更に忙しくなっても、こうして観覧車にみんなで乗ることは、百瀬家の約束にしよう。千雅をその思いを伝えるように、ぎゅっと手に力を入れた。「もちろん」そう答えるように世那が握り返す。離れていても一つだと思った。

「あのさ」
 夜景に夢中だったはずの蒼唯が突然振り向き、咄嗟に握った手を離す。無性に恥ずかしくなった。蒼唯はなにかの異変は察していたようだが、何かは分からず首をかしげていた。

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