見出し画像

大切な人の力になりたいとき、一冊の本を贈る

「何を贈ったら良いかなあ」
3年間勤めた会社に辞表を出し、東京に引っ越すために家の片付けをしていた僕は、どうしたもんかと悩んでいた。
今からちょうど4年前のことだ。

画像1

新卒で入社してすぐに小さな地方都市への転勤を命じられた僕には、同じ境遇の同期入社が4人いた。
趣味や性格はバラバラ。同じタイミングで会社に入ったというだけで仲良くする義務はないとそれぞれ思っている節があり、最初は一定の距離感を保った付き合いから始まった。
だけど、知り合いのいない土地で社会人になったという環境にみんな心細さを感じていて、全員の家が徒歩圏内にあったこともあり、仕事終わりや休日は一緒に過ごすことが自然と増えていった。
たまに喧嘩したり意図的に距離を置いたりすることもあったけれど、部署や担当している仕事も違ったのでライバル意識は特に芽生ず、穏やかな繋がりだったと思う。
そんな関係を3年も続けるうちにお互いの距離感は緩やかに縮まり、それぞれが大切にしていることを尊重し合える、同志のような存在になっていた。

画像4

だから辞めることを告げた時も、みんな寂しそうな表情を見せつつ、僕の意志を尊重してくれた。正直、もう少し止められるかもと思ってたから拍子抜けしたくらいだ。
正式に会社に届けを出してからは、ほぼ毎日のように送別会が開かれ、思い出をまとめたアルバムや記念品をたくさんもらった。カラオケでゆずの「いつか」をハモりながら歌ってくれたこともあったし(僕のために歌おうと準備してくれたらしい)、翌朝早くから仕事なのに星空を観るために夜中のドライブに連れ出してもらったこともあった。
途中で会社をドロップアウトする自分に向けて、何度もいろんな形でメッセージを贈ってくれる同期たちにいちいち感動していたけれど、次第にその場でありがとうと言っているだけの自分に気付いてきた。自発的に、感謝の気持ちを僕から伝える機会を作らないと失礼だと焦り始めた。

ただ、今更かしこまって感謝を伝えるのは、とても照れ臭い。
同期たちは集団で僕に向かってくるから恥ずかしさも1/4になるだろうけど、僕は1人だから恥ずかしさを全て自分で受け止めないといけない。
自分の口から、感謝の気持ちや伝えたいことを、ストレートに伝えるのは苦手だ。いつもそういう時は誤魔化すためにウケを狙って滑り倒したり、途中で何を言ってるかわからなくなって周囲を困惑させたりする。
手紙を渡すのも良いかなと思ったけれど、いきなり僕のキャラで暑苦しいのを文字で渡しても気持ち悪いと思われそうだ。
悩んだ末にふと頭に浮かんだのは、家族が僕のためにしてくれることだった。

画像3

僕の家族は、本をたくさん読む。会話に本が出てくることも多い。
本をプレゼントしたり、読んだ本をシェアしたりすることも頻繁だ。
ある時のサンタからのクリスマスプレゼントは「ハリー・ポッター」シリーズだったし、思春期の多感な時期には母から重松清の本を渡された。大学進学で文学部に行くことが決まった時は祖父からは永井荷風の本をもらい、姉には森見登美彦を読むようにと薦められた。長い間会っていなかった父と久しぶりに再開した時には、お互い気まずさを紛らわすように太宰治や井伏鱒二の話をした。

社会人になって実家を出てからも、母は頻繁に本を贈ってくれたり、持たせてくれたりした。
セレクトされるものはしばしば僕の状況に合わせてくれていて、将来映画館を作りたいという話をした時には商いを始めた人が執筆した本が贈られてきて、上司のパワハラで病んでどん底に落ちていた時は若者が再生していく物語の小説が用意されていることもあった。
贈られた本を読む時は、その本をチョイスしてくれた意味を考えるし、読み終わってからもふと思い出して考えることがある。この物語を通じて母は何を感じたか、また僕に何を伝えたいと思っているのだろうか。
物語を読んだ感想は、伝えるときもあれば、伝えないときもある。その本について特に会話をしないこともある。だから母の意図を全て理解した訳ではない。
だけど、本や物語を通じて僕の背中を少しでも押そうという、母のその思いはしっかりと伝わっていた。

画像2

だから、僕も同期たちに何か物語を贈ろう。
別の道を進むことになったけれど、同じ会社という枠を超えて、大切な友だちだ。
たくさんの感情が湧き上がる物語を通じて、彼らに想いを伝えたいと思った。
みんなタイプが違うから、本だけではなく映画や音楽も含めて、それぞれのことを勇気づけられそうな物語を探した。

一番真面目で仕事熱心で、笑い声が大きくてうるさい同期には、西加奈子の「サラバ」を贈った。
優秀で社会を変えたいという強い思いがあるけれど、会社の評価軸や同僚の仕事ぶりを見てよく焦ってるのを側で見ていた。
生きていく上で大事なものは誰かに決めさせてはいけない、そのことに僕自身が気付くきっかけになった小説を、読んでみて欲しかった。

一番の元気印で頑張り屋な同期には、ねむようこの「午前3時の無法地帯」を贈った。
主人公の女の子が仕事も恋愛もがむしゃらに進む姿が、その同期と重なったからだ。
頑張りすぎる人にしか見えない景色は、必ずある。
男社会で頑張る彼女の背中を少しでも押せれば良いなと思った。

一番クリエイティブな仕事をしている同期には、映画「キツツキと雨」のDVDを贈った。
主人公の映画監督は気が弱いながらも、周囲の人たちの力を借りながら前に進んでいく。
その主人公と同期は性格が全く違うけれど、これから迷ったり壁にぶち当たったりした時、この映画が彼を支えてくれる気がした。

一番自分と趣味があった同期には、銀杏BOYZのトリビュートアルバム「きれいなひとりぼっちたち」を贈った。
お互いバンドが好きで、この3年の間に居酒屋で腐る程音楽の話をした。
昔の曲が年を経て別の魅力を発揮するように、お互い大事なものを大切にしながら歳を重ねた上で、友達でいたい。

画像5

受け取った同期たちは、みんなごちゃごちゃ好き放題言っていた。
上下巻で長すぎるとか、なんで私が社畜の漫画なのよとか、こっちの真意を少しも図ろうとしない様子に少し呆れたけれど(予想はしていた)、贈った僕はとても満足していた。
彼らがどう思おうと、僕の気持ちはしっかりと物語に託したからだ。
それに、今まで母や家族の思いを受け取ってきたように、きっと文句を言っている彼らにも何かしら僕の思いが伝わっている気がする。

去年、緊急事態宣言が出た時に、オンラインで久しぶりにみんなと顔を合わせた。
僕が会社を辞めた時の話になって、ふとそのプレゼントの存在を思い出した同期が、画面越しに「サラバ」を見せてきた。すると、他の同期も漫画やDVDを近くにあるからと取り出して見せてくれた。
どっかにしまっちゃった、ではなくて、数年前のプレゼントを手の届く位置に置いてくれていたことが嬉しかった。

もらった時、読んだ時は、なぜそれをもらったのかわからないかもしれない。
年月を経てからふとした瞬間にその思いに気付くかもしれないし、ひょっとするとよくわからないまま忘れ去られるかもれない。
でもどういう形であれ、家族が贈ってくれた物語、そしてそれに託された思いの一つ一つが、いろんな形で今の僕を支えてくれている。
僕はこれからも、大切な人の力になりたいとき、一冊の本を贈る。


フィルム / 星野源

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

この記事が参加している募集

おすすめギフト

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?