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PTSD/トラウマの脳科学と、その対処方法。 『発達障がいとトラウマ 理解してつながることから始める支援』 小野真樹 著


1.はじめに

本書は、医療現場の最前線で「トラウマ」と「発達障害」に対応する小野真樹Dr.による解説書です。ストレス/トラウマの深刻さに応じてモードが変わる脳システムや、トラウマ事後の脳が長期異常状態になり続ける理由、トラウマ(PTSD)への大きなアプローチ方針などを、俯瞰して解説します。


ここ最近10年間で、発達障害という言葉は広く知られました。しかし、発達障害とトラウマは密接した関係にあります。発達障害とトラウマは、似たような症状になって現れ、お互いに影響し合う事すらあります。また、ストレスフルな日本社会で、うつ病を発症する過程で受けた大ストレスがトラウマとなり、復帰後もフラッシュバックが起き続けている方は、珍しくない筈です。過去の辛い体験を、ふとしたことで思い出して再体験し続ける状況が、毎日エンドレスで続きます。

今後の精神医療は、トラウマ治療を抜きにしては語れません。発達障害者の多くは、トラウマを内在しています。うつ病を経験した方は、その過程の中で無意識であっても、トラウマを負っている可能性があります。深刻なトラウマは、偏った考え方やフラッシュバックなど、日々の生活に影響を及ぼし、当人の生き方をネガティブなものにしていきます。PTSDトラウマの治療法は幾つか出て来ているが、正式な保険診療として実際に適用されるものは、まだまだ少ないのが実態です。


現時点でトラウマに対処する為には、自助努力が必要です。薬では、トラウマを除去することは出来ず、その症状を一時的に緩和するだけです。対処法を自分で探し、専門家に対処を依頼するか、セルフケアが必要になります。その為には、トラウマの原理原則を理解する事が必須です。より具体的には、脳の仕組みを理解することが必須です。脳の原理原則が分かれば、試行錯誤を繰り返さずとも、自身に合った対処法へ効率的に辿り着けます。対処法の幾つかは、このnoteでも紹介していきます。


本書は、トラウマやストレスに関わる、脳の原理原則(仕組み)を分かり易く解説してくれます。発達障害とトラウマが、密接に関わり合う理由や、そのような環境にある子供への支援方針も解説します。ストレスフルな生活を送る、すべての日本人に読んで頂きたい名書です。以降の読書メモも参考にしながら、ご自身でもメモをしながら読み進めて、その内容を自分のものとして下さい。


2.本書メモ(意訳込み)

2-1.深刻トラウマをもつPTSD症状

  • PTSD症状のひとつ「過覚醒」は、ストレスシステム発動センサーの過剰反応です。具体的特徴には、過度の警戒心や、不安定な感情、攻撃的な態度、睡眠障害などがあります。過覚醒状態の子どもたちは、色々な刺激に過剰反応してしまうため、気が散りやすく注意散漫で、慎重さに欠ける直接的な行動が多くなる傾向です。「こころのブレーキ」が適切に作動せず、ADHDと似たような状態に陥ります。

  • トラウマを負ったPTSD者の特徴として知られるフラッシュバックは、ある意味トラウマとなった出来事そのものよりも苦痛な体験です。日常生活の中の、予想もしないことが引き金となって、トラウマがフラッシュバックとして蘇ってきます。このような侵入体験が生じる背景として、トラウマの記憶が、通常の記憶とは性質が異なっている、ということがあります。
    通常なら、強い感情とともに経験された出来事は海馬(脳の短期記憶中枢)が働き、「エピソード記憶」として統合して脳内記憶されます。しかし、トラウマのような強すぎる苦痛とともに経験された出来事は、過剰なストレスホルモンにより海馬の働きが抑制されて記憶されます。このため、トラウマ記憶では体験した出来事の情報が、統合されたものではなくバラバラの断片として記憶されています。恐ろしい映像や、痛みや苦痛の感覚、激しい感情などがなんとなく、断片的に記憶されてしまいます。起承転結もはっきり思い出せません。そしてそれが、自分でも予想しなかったようなことが引き金となって、フラッシュバックとして蘇ってくるのです。
    トラウマを抱える者は、フラッシュバックのきっかけとなりそうな体験を、徹底的に「回避」しながら窮屈な毎日を送ることになります。


2-2.トラウマ/ストレスの脳科学

  • 脳は進化の過程で、内側から外側に向かって新しい機能が積み重なるように発達してきました。一番古い脳幹を「爬虫類脳」、大脳辺縁系を「哺乳類脳」、大脳新皮質を「人類脳」と呼ぶこともあります。

  • 感情の源泉となる本能的な情動反応は、最も中心部にある脳幹(爬虫類脳)から発信されます。脳は、視覚や聴覚や皮膚の感覚などを使って、身体の外側の世界から取り入れた情報を、まず脳幹で受けとります。脳幹は、特に経験や学習がなくても、本能的な情動反応を引き起こします。例えばウサギは、初めて見る狐にも危険を察知して、「恐怖」という情動回路を発動させます。
    脳幹だけでも、原始的な「恐怖」の情動は発生します。誕生直後の赤ちゃんの「こころのアンテナ」は、脳幹レベルでしか世界を感じ取っておらず、「感情」というよりも原始的な「感覚」のようなものです。

  • 情動回路は、生まれつきの脳機能です。発達障害があったとしても、その基本的な性質が相違することはありません。自閉症スペクトラムのいわゆる「空気が読めない」ことと「情動」は、全く別の話です。

  • 動物が安全を守るためのシステムに、「ストレスシステム」「社会交流システム」「不動化システム」の三種類があるという「ポリヴェーガル理論」が1994年に提唱されました。賛否両論はあるが、多くのことを示唆する理論です。この理論によると、上記3システムは、三種類の「自律神経系の状態」によって制御されています。
    自律神経系には「交感神経系」と「副交感神経系」という、二つの系統があります。「ストレスシステム」は、緊張を担当する交感神経系を活性化させます。副交感神経系は更に分岐し、その一つである「腹側迷走神経系」が「社会交流システム」を担当し、もう一つの副交感神経系である「背側迷走神経系」が「不動化システム」を制御します。

    1. ストレスシステム
      戦うか逃げるか、火事場のくそ力、交感神経系の活性化などを扱うシステムです。哺乳類は進化の過程で「大脳辺縁系」を発達させて、「情動」経験から学習する能力を獲得しました。情動の中枢は、大脳辺縁系の「扇桃体」が司り、経験から敵/味方の関係性を学習し、敵が現れた時には「ストレスシステム」の発動を司令します。大脳新皮質の思考においても、敵(お金、仕事、人間関係などの悩み)を発見した時には、大脳辺縁系がストレスシステムを自動発動させます。意志力では制御できません。ストレスシステムが強すぎる反応をしたり、虐待やいじめ被害などにより慢性的に発動していると、それが「トラウマ」となり、後述の不動化システムを発動させる場合があります。深刻なトラウマが生じると、原因となる出来事が終わったあとでも、その影響が続きます。

    2. 社会交流システム
      ストレスシステムが司る、「闘うか、逃げるか」という反応のみで安全を守るのは、限界があります。そこで、ひとりで生きるのではなく仲間と助け合うことで安全を守るという、別の考え方があります。この方法を実現するための脳の仕組みを「社会交流システム」といいます。群れに所属するためには、相手が仲間であり、「敵」ではないということを、お互いに確認し合うことが必要です。仲間とつながる為には、闘争や逃走を引き起こす「ストレスシステム」の活動を終了させて、穏やかな状態に移行する必要があります。この働きを担っているのが「社会交流システム」です。

    3. 不動化システム
      もはや「闘うこと」も「逃げること」もできない程に、追い詰められてしまった場合に発動するシステムです。「ストレスシステム」が有害なほどに過剰発動したときに、逆にその活動を停止させてシャットダウンさせる、「ブレーカー」のような機能です。もともとは爬虫類などが採用していた方法で、身体の動きを止めて、天敵から発見されることを防ぐものでした。闘ったり逃げたりする抵抗はやめて、固まって動かなくなります。なるべく苦痛を感じなくて済むように、心身が麻簿します。「コルチゾール」などのストレスホルモンが大量分泌され、脳の短期記憶中枢「海馬」の働きを抑制し、苦痛な感情を意識から切り離します。同時に分泌される、「内因性オピオイド」という麻薬性の物質は、「ストレスシステム」そのものを抑制して、苦痛を感じにくくしてくれます。
      しかし、「不動化システム」が発動するほどの強い苦痛を経験したあとには、「トラウマ」が残ってしまうことがあります。ストレスシステムの調節機能が破壊され、「ストレスシステム」の発動センサーが常時過敏な状態となります。一方、慢性的にトラウマを受け続けると、今度は「ストレスシステム」の反応性がむしろ低下して麻癖し、不動化システムが発動しやすくなります。


2-3.トラウマへのアプローチ

  • 敵と味方の区別学習に関与し、トラウマから最も影響を受ける脳領域は、進化過程の中間でうまれた大脳辺縁系(哺乳類脳)にあります。治療では、この誤学習した大脳辺縁系にアクセスして、正しい情報を伝えることが必要です。大脳辺縁系のトラウマへのアクセス方法は、以下の二種類があります。

    ①トップダウン
    進化の最新脳である、大脳新皮質が司る理性と意志の力により、大脳辺縁系の暴走を制御するという介入方法。手続きを明瞭に言語化できて技法再現性が高い。ただし、大脳新皮質の機能が成熟していないと、治療により感情混乱→症状悪化のリスクがある。

    ②ボトムアップ
    原始的な脳である「脳幹」を介して、身体の「感覚」を使って、大脳辺縁系トラウマにアクセスするという考え方。身体感覚情報は、まず脳幹に送られて本能的な情動反応が発生し、「大脳辺縁系」や「大脳新皮質」にも伝達され、より高度な「感情」が生み出される。トラウマ者は、本来は無害な感覚が、フラッシュバック原因となり、不快感情を発生させている。これは、「感覚」に対する脳の反応が、混乱している為である。そこでボトムアップ方法では、当事者に体験してもらう感覚刺激を通して、脳に本来備わっているはずの正常な「情動反応」を取り戻そうとする。言葉に頼りすぎず、トラウマに深くアクセスせず、感情混乱を発生させ難いメリットはあるが、感覚的技法の定式化が難しく、治療効果の客観的証拠が不十分である。


2-4.トラウマ/発達障害をもつ子供の支援

  • 子供の支援方針

    1. 支援提供する側が、子どもの特性を理解して、情動調律も使いながら「信頼関係」を構築する

    2. 飴&鞭の原則も活用しながら、社会のルールを教えて、「切りかえの力」を身につける

    3. 恐れるべき相手と信頼すべき相手を、自分の意志で判断し、生活の安全を守るための決断を自分で下すことができる「自立心」を身につける

  • 絆を離れて自分で探索するには、枠が必要。動物的・地理的な縄張りや、社会ルールなど。心の内側から育つ枠と、外部から当てはめられる枠がある。枠は、子供の覚醒度を適切に保ってくれる。枠のリズムが身につくと、生活の見通しがもて、期待感を抱き、それが必ず満たされる事を理解する。

  • 温かみのある支援が、期待感を裏切らずに、一貫して提供されることが重要。

  • 枠を乗り越えて「困りごと」を克服するには、スモールステップ戦略が有効である。課題細分化により、一度に発生する感情の乱れを小さくし、成功体験サイクルに乗れる。また、全体像の見通しをもち、大きな課題も、小さな課題の組合せ程度に見えるようにできる。

  • 子供の飴&罰の躾は、脳中間層(大脳辺縁系)でなされる。愛着は感覚的体験で、脳幹レベルで構築される。

  • 生物の進化同様、個人の脳発達は内側から外側に向かって発展する(爬虫類脳→哺乳類脳→人類脳)。一番深い脳幹(爬虫類脳)レベルでの体験でつまずいてたら、まずはそのレベルの問題修復が必要。ここをクリアしてないのに、社会ルールやコミュニケーションマナーを教えるのは困難である。


2-5.その他 Tips

  • 発達障害があるとトラウマを経験しやすくなり、トラウマを経験すると発達障害と似た問題が発生するという、両者はややこしい関係にあります。発達障害とトラウマの両方が、お互いに影響を及ぼし合いながら、問題を引き起こします。

  • 発達障害は遺伝子によるものであり、親の育て方や環境などが直接的原因ではありません。しかし発達障害があると、失敗や挫折を経験し易くなります。その中で強すぎるトラウマを経験することもあります。親がふつうの子供に育てようと熱心になり過ぎて、逆にトラウマになる可能性もあります。発達障害に関係なく、親による児童虐待もトラウマを引き起こします。自閉症スペクトラムのある人は、愛着障害を起こし易くなり、やはり心を不安定にさせ、種々問題につながり易くなります(健常児の愛着完了が2歳頃であるのに対して、自閉症スペクトラムは高機能児を含め、10歳頃までかかることも珍しくありません。この違いも、愛着障害に繋がり得ます)
    これら児童期のトラウマは、発達障害と同様の症状を引き起こします。専門家でも、両者の識別は困難です。「生まれつき」と「育ちの環境」の両方が混在し、話を更に複雑にしているケースも、医療現場では珍しくありません。
    発達障害とトラウマの両者は、介入の方法には本質的な違いはないのかもしれません。しかし、トラウマを考慮しないと、介入の順序やタイミング、さじ加減のバランスなど、微妙なところでの判断を間違えてしまうことがあります。その為にまずは、トラウマによって、脳でどのような問題が発生し、なぜ困りごとが起きてしまうのかという、背景を理解することが必要なのです。

  • 多くの当事者は、「理解されている」「受け入れられている」感覚に飢えています。支援者とよい関係を構築するだけで「社会交流システム」が発動し、自然治癒の力が機能し始める、ということも少なくありません。

  • 自閉症スペクトラムと愛着障害の人は、警戒心を適切に調節できず、適切な対人関係距離を保てないという、共通の問題を抱える。

  • 遊びには、軽い闘争とそれに続く和解が含まれている。遊びの情動回路が社会交流システムの発達を促進する。動物は、ストレスシステム→社会交流システムに切り替わる瞬間を共有した時、快楽を感じつつ、相手が味方と実感できる。


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