547.絵や文章なんて、下手でかまわない~大切なことは心を込めること。心がこもればその絵や文章は美しくなれる気がする。
【お馬鹿なcoucouさんの自主出版論⑥】
1.まず書いてみることが大事!
「心の旅」
絵は下手でかまわない~
文章も下手でかまわない~
大切なことは心を込めること。
心がこもればその絵や文章は美しくなれる気がする。
最初から完全な文章を書ける人などいないよね。
最初から美しい絵を描ける人もいない~
むしろ、coucouさん完成された絵や文章ほどつまらないものはない気がするんだ。
それに特別な、専門的な技術や知識などもいらない~
それって、考える力を失わせてしまう恐れもあるように思えるんだ。
なまじ技術的なことに走りすぎれば技術的に優れていても、独自性という個性が失われてしまう気がするんだ、coucouさんはね。
本来、絵や文章などはだれにでも書けるもののはずなのに、現代は「書く」「描く」ことに恐れを抱いてしまっている人が大半な気がする。
noteのみんなは違うけれど、それ以外の人たちのほとんどは難しいと考えているよね。
これって、美しく、キレイに上手に書かねばならないという一種の自己暗示みたいなもので、「こうでなければならない」という固定観念のカタマリがこの恐れのひとつなんだ。
でもね、今の時代。何が下手で、何が上手だという基準はなくなっていることに気づく必要もある気がするよ~
なぜって、専門知識や専門技術があれば優れているとはいえないし、むしろ、それらが心の障害になっている気もする。
このシリーズで紹介した橋本義夫さんの言葉でいうなら、
「我々は、茶道を習わなくても、お茶を美味しく飲むことができる。華道を習わなくても、好きな花を花瓶に活けることができる。文章も同じだ。文章作法に入門しなくとも、我々は文章が書けることを忘れてはならない」
「文章などというのは、言葉と同じで、相手に解りさえすればよい。下手でも、自己流に書けばよい。恐れることも、臆することもない。文章などは伝わりさえすれば、目的のほとんどが達成されているのだ」
(「ふだん記」全国グループ創始者 橋本義夫『書いて花さく哲学』より)
つまり、橋本義夫さんは、本当の喜びや悲しみは、ふだん着の中にあり、ありのままの姿で、ありのまま書けばいいといい、自分のことを自分なりに気軽に書けばよい、形式にはとらわれるなという。「下手な字でも他人への思いやりの文字は美しい」ということなんだよね。
このように本来、文章や絵は相手に伝える道具のひとつともいえることがわかる。
何度も言うけれど、coucouさんは、この橋本義夫さんの「下手に書きなさい」という言葉によって、上手に書かねばならないという呪文が解けて、「下手に書けばいいんだ」という心からの安心感を得ることがきっかけで文章や絵に再びチャレンジし始めたんだ。
残念ながら、人生の後半からのスタートだけれどね~
人って、なかなか自分との対話はむずかしいよね。
日々、生活や仕事の忙しさの中で、他人との対話が精一杯だもんね~
だけどね、この文章や絵が自分との対話に役に立つんだ~
東京は、立川市在中のA子さんは毎日絵日記をつけている。
別に他人に見せるわけではないので気軽に日々せっせと描き続け、今年で5年目を迎える。
その分量はね、約1800枚近くの量なんだ~
最初は単なるラクガキ程度だったんだけれど、失恋がきっかけで絵日記をつけるようになったという。
毎日が淋しくて、悲しくて。
自分のことをもう一度ふり返ってみようと思ったという。
彼女の話によると絵や文字を描くことによって自分自身に話しかけるようになったという。
5年前の絵日記をふり返ると、「ガンバレ」「負けるな!」、このような言葉で毎日自分を励ましていた。
一日中、自分自身に話しかけることによって、勇気や幸福について、また自分の反省点や楽しかったこと、嬉しかったこと、あらゆることを考えられるようになったという。一時は仕事も友達づき合い嫌になり、自宅に引きこもる時も多かった。
絵日記の特徴は、犬や猫といったかわいらしい小動物たち。
自宅で飼うことができないため、写真なども部屋の中にはいっぱい飾ってある。
毎日、絵日記を通して自分自身に励ましの言葉をかけるなんて、馬鹿馬鹿しい子どもじみたことといえるかな~coucouさんはね、素晴らしいことだと思うんだ~
彼女は次第に元気になり、明るくなっていく。
文章や絵を書くことによって正しい考え方ができるようになったという。
それはね、今まで頭の中だけで悩み、考えてきたことが、自分の思いを絵や文章にすることによって冷静に自分の置かれている立場や、感謝すべきことがらについても自分自身と対話すると心が躍るような考え方が胸いっぱいにみなぎり、楽しくなってきたというんだ。
これって、凄くない~
とっても素晴らしくて、健全な考え方のような気がするよ~
18世紀前にマルクス・アウレリウスは『自省録』に、
「われわれの人生はわれわれの思考によってつくられる」って書いた~
この言葉は今日でも真理といえる。
最近は、このA子さん。自分の書いたお気に入りの動物キャラクターを多くの人に見せ、駅前広場で販売するようになったんだ。
絵や文章って、不思議なもので、その人の心を癒す働きもあるよね。
coucouさんだって、癒されている気がするんだよ~
さらに自分を冷静に見据えることができる。
偏った考え方や、悩みなどを正しく判断させることもできる。
どっちにしても、自分を励ませるってことは、とっても素晴らしい習慣のひとつといえる気がするんだ。
彼女は今、毎日がとても楽しいという。
coucouさんは彼女の努力している姿を見て感動と癒しを頂いた気がする。
東京は、立川駅南口で自分の描いた絵を売り続けている。
coucouさんはね、彼女に自主出版のおすすめをしているんだ~
絵や文章は下手でかまわない、下手であればあるほど味が生まれる。
その味こそが本来の個性と呼べるもの。
さらに書いて、書いて書き続けると、やがて、文章や絵は自動的に上手くなるものなんだもの。
だからね、まず書くこと、まず描くこと。
書く、描くことがすべての「心の旅」の始まりのような気がするよ~
ねえ、noteのみんな~
書き続けようね~
2.文章が上手いから本が売れる、上手いから多くの人に読まれるわけではないんだよ~
もし、文章が上手だから本が売れるとしたら、世の中は上手い文章だらけになってしまい、すべての人は文章をただ上手くなるだけで売れるようになる…。
でも、そんなことはないよね。
文章はその人の顔なんだもの~
その人の顔ってことは、みんな人によって顔はちがうもんね~
顔がちがうということは、性格や考え方だってちがう~
好みもちがうし、嫌いなものもちがう~
まさに百人百通り、千人千通り、万人万通りの世の中だよね。
文章が上手に書けるからエライ、文章が上手なら多くの人に読まれるとしたなら、みんな文章が上手い人はベストセラー作家になってしまう。
そんなことはない。
大切なことは、読む人に喜んでもらうこと。
楽しんでもらうこと。
みんなの役に立つこと。
それが本当の売れる本なんだよね~
だから人とちがう、人の知らないこと、体験や経験は、大いに役に立つはずだと思うんだ~
3.上手な文章は読みにくいし、作者の顔が見えない!
よく文章の書き方教室などがあり、そこで文章を学んでいる人もよく見かける。ペン習字といった書き文字の教室などもあるよね~
でもね、そこでは一体何を学んでいるかというと、上手だといわれる文章をマネし、上手に書くための練習をしている。ペン習字も同じだよね。
テキストをもとにそのお手本に近く書くようにしながら、なぞりながらお手本に近づこうと努力するんだよね。
そのお手本通りだと上手くて、そうでなければ褒められない…。
こんなのもおかしいと思うよ~
また、最近ではエッセイ教室なるものがあり、多くの人たちが集まり、自分の身近な出来事や生活の中からテーマを探して、エッセイを書いている。
そして、各先生は指導の中で、お手本に近いものを優秀と考え、お手本から離れたものは低く評価されちゃうんだ~
これもおかしいよね~
coucouさんもね、これって、前々から不思議で、おかしいと思っていたんだ。その理由はね、どうして同じように、同じような型にあてはめばならないの、ってことなんだ。
たしかに基本を学ぶためには、お手本を参考にするのはかまわないけれど、創作内容に関しては、もっともっと自由であってかまわないと思っているんだ。
私たちはね、こどもの頃は別としても、もう社会に出てから何十年も過ぎているのだから、あまり書き方にこだわり、何かの型にあてはめる必要はない気がするんだ~
どうして、このような世界は、その型にあてはめようとするの?
文章に作法や特別な技術はいらないんだよ~
それを必要とする人だけでいいよね~
大切なことは伝えること、伝わることなんだ~
だから、型にはまった文章ほど、つまらないものはないし、あんまり型にはまってしまえば、そのクセが取れなくなる恐れがあるからなんだよ。
文章って、不思議なもので、上手ければ上手くなるほど読みにくくなったり、読む気が起こらなくなる場合もある気がする。完成された文もいいけれど、未完成な荒削りの文も素晴らしいと思うんだ。
だって文章、文体など人とちがって当たり前だし、ちがうからこそ、その人の独自性が表現できるわけなんだよね。
だから、その独自性がなくなると、その著者の顔が見えなくなってしまう気がするんだ~
おそらく、文章だけで著者の個性や独自性を区別するのはむずかしい~
やはり下手でもいい。
伝わればいい、喜んでもらえて、役に立ち、わたしの考え、わたしの顔を伝えることが、本当の文章の達人かもしれない気がするんだ!
coucouさんです~
みなさん~ごきげんよう~
coucouさんの本がね、ペーパーブックでも発行されているけれど同時に電子書籍でも発行されている。
4.正直者は信頼される
もちろん、出版社にしてみれば電子書籍の方が儲かるよね。
アマゾンの手数料だけでその他のマージンがないんだもんね。
(coucouさんのつき合っている出版社さんはね、電子書籍も、ペーパーブックも同じ値段で販売しているんだ~強気だね~coucouさんはね、せめて電子書籍は安く売って欲しいとお願いしているんだけれど…)
そう、電子書籍を安くしてしまったらペーパーブックが売れなくなる、って考えているんだよね…。でも、やり方だよね~coucouさんはたくさんの人に読んでもらいたいんだもの~だからせめて、一年過ぎたら安くしてほしいと思っている。
取次店の支払いはいらないし、書店の支払いもないのだから利益率は90パーセント近い~1,000円の本なら約900円ぐらい。
2,000の本なら1,800円になるんだからぼろもうけのような気がする。
著者の印税は、7パーセントから10パーセントなんだ(おかしい?)。もちろん、人によるのだと思うのだけれどね~
だけど、ペーパーブックの会社のほとんどは、電子書籍を発行しているわけじゃあないんだよ~どうして?それはプライドもあるし、電子書籍は別物と考えている節もある気がする。
そして、coucouさんの取引している出版社はね、数か月おきに「印税報告書」というものが届くんだ。
それには、「発行年月日」「発行部数」「在庫部数」「廃本部数(傷んだ本)」「実売数」「当月生産部数」、そして「販売数」と印税が届く。同時に電子書籍は別に電子書籍としての販売数、印税がそれぞれ届く。
さて、ここまでしっかりきちんとしている出版社さんってどのくらいいるのだろうね…。ほとんどいない、といったら驚くかなあ~
怒られちゃう~
あなたの出版社さんは、そんなことないと思いますよ~
そして、「出版契約書」なるものも出版するときには必ず交わす。これはあとあとのトラブルを避けるためにほとんどの出版社は契約書を交わしている。
で、契約を交わすときの要注意点があるんだ~
それはね「発行部数」~
coucouさんの取引している出版社さんは印刷所に発注したという「発注書」「領収書」などを添付してくれているけれど、意外や意外、ほとんどの出版社はそれを見せてくれない…。
どうして~
別に原価などを知ろうとしているわけじゃあないよ~
本当に何冊印刷するのか?だけ知れればいいんだもの~
だから、堂々と教えてよ~
こんなこともある、それはね、1,000冊の印税と3,000冊の印税は違うよね。5,000冊だと、10,000冊だともっと違う~
例えば1冊の印税が200円あったとしたら、1,000冊で20万円の印税。3,000冊だと60万円、5,000冊だと、100万円の印税となる。そのため、契約より低い数字で印税の出し惜しみをする、出版社もある~
でもね、一部だよ、大半の出版社さんはね、絶対にそんなことしないよね…。
ああ~せこい…。
違うんなら、何冊印刷したのか証明してほしい、見せてほしい…。なんていうからcoucouさんは嫌われるんだね…。
そして、自費出版の会社さんも絶対に、絶対に一部なんだよ~
実際に自分の本がどこの書店に何冊おかれているのか教えてくれない出版社もいる。だって、契約書で1,000冊発行ならば1冊ずつ計算しても1,000か所の書店さんに置かれているはずだよね。
それに「取次店の配本」先を見れば一目瞭然、どこの本屋に何冊ってことが簡単にわかるのに、その配本先を見せてくれない…。
おかしいよね~
だから倒産した大手の自費出版会社は、お金だけもらって著者にサンプルとして10冊渡して、現実にはどこの本屋さんにも置かれていなかった…。
これでは、良心的な自費出版をしている出版社が誤解されてしまう…。
やめてほしいね、堂々としてほしいね~
だって、本が売れれば著者さんも出版社さんも儲かるわけだからね~
coucouさんはね、出版社さんでレクチャーしたことがある。
その内容はね、電子書籍のお話なんだ…。
結論から言うと、ほとんどの出版社さんは首をかしげるんだ…。
別にcoucouさんが特別なお話をしているわけじゃあないんだよ~
一切のリスクと危険と在庫を持たないで儲けを出すビジネスのお話なんだからね~
でも、話していて、少しばかり驚いたんだ。
それはね、そこいらの商店主さんや中小企業の親父さんと同じだったんだもの~(行動しない経営者さんたち、俟ち商売~)
この、noteのクリエイターさんたちなら簡単に理解できると思うんだ。でもね、専門家は、そんなことすら見えなくなっちゃったんだね~
5.デジタルブックをペーパーブックに~
ペーパーブックをデジタルブックに~
では、coucouさんはね、このnoteでその時とおんなじお話をするね~
それはね、長年出版社を経営してきた人、出版を始めて5年以上の人、そしてこれから出版社を立ち上げようとしている人たち。
みんな過去の作品が在庫として眠っている。
もう、10年以上も貸倉庫に眠っていたり、すでに絶版となった本がたくさんある。その本をもう一度、現在に蘇らすんだ~
それは今までの編集の人の労力、時間、著者の労力などがすべてゼロで済む。ましてや、データ等がパソコン内に保存されている。
これらをすべて電子書籍で蘇らせる。
場合によっては現代に合わせて加筆することもいい。
そのままでもいい。
当時、売れた本、売れなかった本、そんなものは関係ない。
全部、電子書籍にして販売するんだ。
もっと、わかりやすく言えば、「NHKのアーカイブス放送」と同じ、過去の作品を現代に蘇らせる。
あの日、あの時~
そう、あの時代~
投下資本はゼロに近い~
一人の人間が毎月数冊ずつ電子書籍にしてもいい、外部に委託したって金額はたかが知れている。
このレクチャーに参加した出版社のみなさんは過去に出版した作品を800~20,000冊近く出版している。
これって、凄くない~
この価値って、わからない~
このまま眠らせたら宝の持ち腐れ…。
でも、このcoucouさんの出版ビジネス論に真剣に耳を傾けて実践しているのは数十社だけだった…わずか30パーセント…。
ねえ~
みんな~
noteのクリエイターさんたちなら、著者さんたちならば理解してくれるよね。誰も損しない、お互いが知恵を使って儲けるんだもの~
noteの記事だって、そうさ~
みんなたくさんの作品が溜まっているはずだよね~
それってね、本当は全部宝物なんだよ~
もう一度自分の過去作品を見て見ない~
好きな人のnote記事の過去作品を見て見ない~
もしかするとcoucouさんの一人相撲なのかもしれないけれど、coucouさんから見れば宝物、素晴らしい作品が過去にも眠り続けている。
そう、一人のクリェイターさんは、簡単に1冊分くらい、多い人でも数十冊分くらいの宝物(コンテンツ)があるんだよ~
デジタルブックをペーパーブックに~
ペーパーブックをデジタルブックに~
両方とも形は違うけれど、大切な両輪の輪なんだ。
coucouさんの出版社レクチャーはあんまりうまく行かなかったけれど、noteのみんなはきっとわかると信じている。
その理由はね、「自由な発想」「自由な表現」、そして「思考の盲点」にはまっていないアーテイストさんばかりだからね~
ここまで読んでくれて、ありがとう~
また、あしたね~
★coucouさんのアーカイブスnote★
クリスマスに与えられたわずかな時間
coucouさんのホームページだよ~みてね~
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