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鈴木唯さんが日本言語学会発表賞を受賞しました🎊

指導学生の鈴木唯さんが、日本言語学会第164回における口頭発表「トルコ語における事象統合と補文節の選択: コーパスに基づく量的研究」について日本言語学会発表賞をいただくことになりました。

おめでとうございます🎉

指導学生が栄誉ある賞をいただいたせっかくの機会なので、今回は鈴木唯さんがどのような研究をしてきて、どのような発表をし、どうがんばったのかについて紹介したいと思います。

それを通して、特に言語を研究する大学院生たちによい研究をするヒントを伝えられたらなと思います。

日本言語学会大会発表賞とは?

日本言語学会大会発表賞とは日本言語学会の研究大会で優れた発表をした人に送られる賞です。

日本言語学会とは日本における言語学に関する学術団体のうち、最も伝統があり規模が大きいものの一つです。

分野や言語を問わず、日本で言語学を専攻する研究者がたくさん所属し、言語学の研究の発展のために雑誌『言語研究』を発行したり研究大会を開催したりしています。

日本言語学会では研究大会年に2回開催しています。6月に春季大会、11月に秋季大会が開催されます。

発表を希望する人はまずは要旨を投稿します。厳正な査読が行われたのちに、毎回40件から60件程度の発表が採用されます。

その研究大会で優れた発表をした若手会員に送られるのが大会発表賞です。

(目的・名称)
第1条 日本言語学会の若手会員の研究を奨励し、学会全体の学術水準の向上を図るために、「日本言語学会大会発表賞」(以下「発表賞」という。)を設ける。

(授賞対象)
第2条 発表賞は、学部生・大学院生 (年齢制限なし) または40歳以下の会員を筆頭かつ主たる発表者とする大会の口頭発表またはポスター発表のうち、特に優れていると認められた発表に対して授与する。

「日本言語学会大会発表賞」規程 (https://www.ls-japan.org/modules/documents/LSJpapers/happyo.pdf)

過去の受賞歴を見てみると、各回につき1件か2件だけが選ばれる賞です。

とても栄誉ある賞です。

今回選考対象となった第164回大会では40件の発表がありました。私も実際に何件も聞きましたが、どれも素晴らしい発表ばかりで、いつも以上にレベルの高い回だったと感じていました。

そんななか、この度、指導学生の鈴木唯さんが第164回大会の発表賞を受賞することになりました。

すごいですね。本当におめでとうございます㊗️

鈴木唯さんの発表「トルコ語における事象統合と補文節の選択: コーパスに基づく量的研究」

鈴木唯さんは現在、東京大学大学院人文社会系研究科言語学研究室の博士課程2年生です。

トルコ語を中心とするチュルク諸語を研究していて、トルコ語のテンス、重複・反復表現、移動表現、体言化などについて活発に研究しています。

学部では東京外国語大学言語文化学部トルコ語専攻でトルコ語を学んでいました。なので、トルコ語がよくできます。

卒業論文ではトルコ語の過去接辞 {-DI} が未来を表現するときにも使われる現象を扱いました。

この研究は鈴木さんが学部3年生のときにはじめたものです。学部生ながら、日本言語学会第158回大会で「トルコ語における過去接尾辞-DIの『未来』解釈用法」というタイトルで発表しました。すごいですね。

最近、その卒業論文がほぼそのままの形でチュルク諸語の国際専門雑誌である Turkic Languages に掲載されました。こちらもとてもすごいことです。

そんな鈴木唯さんが2022年6月に開催された日本言語学会第164回大会で行った発表が、今回受賞対象となった「トルコ語における事象統合と補文節の選択: コーパスに基づく量的研究」です。

この発表では、コーパス (テキストデータなどの言語資料を電子化したもの) を利用して、トルコ語の補文節 (述語の項として機能する節) の選択について研究しました。

トルコ語には補文節が4種類あります。英語でいうと補文節は that 節や to 不定詞節などがありますが、トルコ語には4種類あるのです。

鈴木さんは、この4つの補文節がどういう要因で選ばれているのかを分析しました。

具体的には、補文節をとりやすい50個の動詞について、それらがコーパスで実際にどういう補文節をとっているかを調べ、クラスター分析と主成分分析を行いました。

その結果、トルコ語における補文節選択の要因が第一に時間依存性、第二にコントロールの強さであることを提案しました。

なかなか専門的な話なので簡単に伝えるのが難しいですが、トルコ語に特徴的な文法現象について、言語類型論と構文文法という理論的な観点から、コーパスを使用して実証的に取り組んだ野心的な発表です。

なお、審査員の先生方による講評はこちらです:

トルコ語において補文節を取る述語の意味と補文節の形式の関係に着目し,両者の意味的結束性と統語的結束性の関係についてコーパスから5000例を収集して階層的クラスター分析を施した.その結果,直接引用,間接引用,認知,指示,願望,などのグループ分けを見出し,意味的結束性と統語的結束性の相関を支持する証拠を得た.クラスター分析に馴染みのない聴衆に対しては説明不足ではないかという指摘はあったが,発表の明快さやスライドのわかりやすさは高い評価を得た.

日本言語学会学会賞
https://www.ls-japan.org/modules/documents/index.php?cat_id=167 

よい研究発表をするには?

それでは、鈴木唯さんはどうやって大会発表賞をもらうような研究をしたのでしょう? 何か「秘訣」があるのでしょうか

もちろん本人の能力や運というのもあるのでしょう。

しかし、今回は、指導教員である私から見て、こういう点で鈴木唯さんはがんばっていたというポイントをいくつか紹介します。

なぜそういう話をするかというと、これらのポイントは大学院生を含む研究者が優れた研究をする際に必要だと私自身が感じていることだからです。

「よい研究をするにはどうすればいいのか」と考えている大学院生がいたら、参考にしてみてください。

このケースから、我々も何か得られることがあるのではないかと思います。

もしかするとこういう話は自分の学生だけにする方がいいのかもしれませんが、記事として公開すると誰かのヒントになるかもしれないと思って note の記事にしてみました。

研究における「当たり前の努力」

というわけで、鈴木唯さんが今回どういうふうに努力していたのか簡単にまとめてみましょう。

まず、何よりも鈴木唯さんはこの発表に時間をかけました

今回の言語学会での発表は、そもそも2021年度秋学期の私の授業で取り組んだプロジェクト・レポートを発展させたものです。その授業では、通時構文文法 (diachronic construction grammar) という言語理論について学んだのですが、その理論に着想を得て、2022年1月にはレポートにまとめたのです。

鈴木さんはそれ以来ずっとこのテーマの研究に取り組みました。つまり日本言語学会で発表するまで半年間かけて毎日研究していたテーマでした。

さらに、今回の研究では、コーパスでトルコ語の補文節のデータを収集し、それを地道に分類するという作業を長時間行う必要がありました。一つ一つの作業はトルコ語ができれば誰にでもできますが、膨大な時間が必要になります。

さらに、R を使用してデータを集計し、グラフを作ったりデンドログラムを作ったりしました。こちらも時間がかかります。

このような作業に長い時間をかけて地道に取り組みました。

研究は時間をかければかけるだけよくなるは揺るぎない真理です。

次に、鈴木唯さんはよく勉強しました

今回の研究はトルコ語の個別言語学的研究だけでなく、言語類型論や構文文法などの理論的な勉強、R の統計の勉強など勉強することがたくさんありました。その膨大な量の勉強を鈴木さんはがんばりました。

特に、さまざまな言語に目配りをしていました。さまざまな言語の研究を参照しています。

鈴木さんの今回の研究の直接のきっかけとなっているのは Martin Hilpert 先生の論文なのですが、これは英語についての研究です。「私はトルコ語を勉強しているので英語の勉強はしなくてよい」と鈴木さんが考えていたら、この発表賞もありませんでした。

「語学と言語学は別のもの」説再考という記事でも書きましたが、やはり言語学者が語学を勉強することはたいせつですね。

さらに、指導教員によく相談しに来ました。

そもそもこの研究のきっかけが指導教員である私の授業であったこともあって、読むべき参考文献や方向性については、研究のかなり初期の段階で鈴木さんに伝えていました。

それだけでなく、この研究に取り組んでいる間は、私と週に数回ミーティングをして、書いてきたデータやドラフトを一緒に見ながら議論して、研究を進めていきました。(私のゼミでは週に数回ミーティングをします。)

文系の大学院の場合、学費は授業というよりも指導教員からの指導に払っているわけですから、指導教員に早めに頻繁に相談するのは大事ですね。

トルコの町並み (鈴木唯さん提供)

さらに、発表の練習をいっぱいしました

日本言語学会第164回大会の場合、私のゼミの内部で要旨提出前に1回、予稿集原稿提出前に1回、発表本番の前に数回、ゼミのメンバー全員で鈴木さんの発表を聞いて意見を出し合い発表をよくしていきました。(他のメンバーが発表したり論文を書いたときも同じようにします。)

さらに、大学院演習という言語学研究室所属の大学院生が全員集まって一人の発表を聞く授業でも発表し、多くの人から質問やコメントをもらいました。

最初の発表は40分ぐらい時間がかかり内容も混乱していてお世辞にもよい発表とは言えなかったのですが、3月から練習に練習を重ね、6月の言語学会本番ではとてもすばらしい発表になりました。

特に注意したことは、発表の練習の過程でかなりの内容を削って、本当に重要なことだけに絞って発表することでした。

もともとこの発表は、体言化、事象統合などの記述的な問題や、補文節の類型論や構文文法などの理論的問題に関する議論も含んでいたのですが、涙をのんでそれらの話をほぼ割愛しました。

そうすることで、一番重要な話にポイントを絞ったのです。

2022年4月30日に行われたゼミミーティングでの発表の様子

このように、発表賞に至る道のりには

  • 時間をかける

  • よく勉強する

  • 指導教員に相談する

  • 発表の練習をしっかりする

という、当たり前といえば当たり前の努力がありました。

特別なことは何一つありません。全て当たり前のことです。

「発表賞をとる秘訣」を紹介したいなと思って書き始めた記事でしたが、当たり前のことを当たり前のようにするという当たり前の結論になりました。

研究がうまくいかないと悩んでいる大学院生がいたら、こういう観点から自分の研究生活を考えてみたらいいかなと思います。何か気づきがあるかもしれませんね。

私も最近研究がうまくいかないなと悩んでいたところだったので、発表賞に至った鈴木さんの当たり前のことを当たり前のように努力する姿に心を打たれて、まずは地道に時間をかけてデータと向き合ってみようと思い直しました。

受賞おめでとうございます

というわけで、鈴木唯さん、日本言語学会大会発表賞の受賞、おめでとうございます。

次の目標はこの発表の内容を論文として出版することですね。がんばって早く論文を書き上げてください。

それにしても、このように指導学生が賞をもらうのは本当にありがたく、うれしいことです。

過去にも、私の指導学生だと、吉田樹生くんが第161回大会のときの発表「シンハラ語における数標示の形態論的有標性と頻度」で、東京外国語大学での指導学生だった中本舜くんが第163回での発表「『曲声調』とは何か: マサテク語アヤウトラ方言の曲声調から」で、それぞれ発表賞を受賞しています。

実は、私も今から10年ぐらいまえに発表賞をいただいたことがあります。

鈴木唯さんの発表賞をきっかけに、そのことも思い出して感慨深い気持ちになりました。

私も自分の学生たちに負けないように、当たり前のことを当たり前のように努力して、研究に勤しみたいと思います。

おまけ

私のゼミでは、今回の発表のような言語類型論、コーパス、統計を用いた研究を行おうとしています。鈴木さん以外にも面白い研究をしている人がたくさんいます。

このような言語学の研究に興味がある人は、ぜひ言語学研究室への進学を考えてみてください。

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