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【短編】『あなたはアンドロイド』

あなたはアンドロイド


 僕は授業を終え、次の教室へと向かっていた。廊下は生徒がちらほら歩いており、彼らを避けながら前に進んだ。僕は向こうから女子生徒が歩いてくるのを確認した。少しばかり女子生徒のことが気になり軽く彼女の顔を見た。するとなんの偶然かお互いに目が合ったのだ。しかもそれは一瞬どころではなく数秒目が合っていたと言ってもよい。僕は一目惚れをしてしまったのである。彼女の歩き方、服装、そして美しい顔つき全てに圧倒され、その瞬間時が止まっていた。全ての授業が終わり皆同様の通学路を一人感覚を研ぎ澄ませて歩いていると、彼女の姿はあった。僕は彼女に声をかけようかかけまいか迷ったが、今声をかけなかったら一生後悔するだろうと思い、彼女の歩く背後からそっと近づいて声をかけた。

「あの、今日5番教室の前の廊下歩いてたよね?」

「え、ええ」

「実は僕君とそこで目があって」

僕は次に何を話すか何も考えておらず、行き当たりばったりで言葉を選べばいいとは思っていたものの、ひどく緊張して次の言葉がなかなか出てこなかった。

「あなた物理学を専攻してる人よね?」

「そうそう。なんで知ってるの?」

「友達から聞いたことがあるの」

彼女が僕のことを知っていることに驚いた。もしかすると彼女は僕に興味があるのかもしれないとさえ思った。僕はこのチャンスは二度と来まいと思い、いっそのこと正直に言ってしまおうと思い至った。

「実は僕、君に一目惚れしたんだ。廊下で一瞬目が合った時、君に何かを感じたんだ」

彼女は少し緊張しているのか表情が固くなったように感じた。僕は咄嗟にデートの誘い文句を考えようとしたその時彼女は呟いた。

「あなたアンドロイドって知ってる?」

突然のアンドロイドの話に僕は動揺したが、彼女が実はアンドロイドが好きで、そういった類の映画を一緒に見に行きたいのかと思った。

「知ってるよ。ロボットのことだよね?」

「そうよ」

「アンドロイドがどうしたんだい?」

「実は私、アンドロイドなの」

僕は彼女の的外れな発言におかしさを覚え少し笑ってしまった。

「急にどうしたんだい?」

「本当なの。私アンドロイドなの」

「わかった。でも仮に君がアンドロイドだとしても僕の誘いを断る理由にはならないよ」

「私が言いたいのはそういうことじゃない」

「さっぱりわからない。何が言いたいんだ?」

「アンドロイドってことはつまり機械ってことなの。一目惚れって実は」

彼女はその続きを言いかけようとして沈黙した。僕はどうしても彼女の言い分は支離滅裂ではあるものの僕なりに理解したかった。すると彼女はまるで何かを打ち明けてしまおうといった顔つきで僕に言った。

「あのね、アンドロイドにはある特性があるの」

彼女はやはりアンドロイドの話を続けた。

「アンドロイドはみんなセンサーを持っていて、お互いがアンドロイドって機械的にわかるの。でも今の時代自分がアンドロイドってわかる人の方が少ないから、そのセンサーが反応した時、それをセンサーではなく直感と捉えてしまうの」

「何が言いたいんだい?」

「つまりは」

彼女はあたかも重大なことを言うぞと言わんばかりに再び長い沈黙を作ってから呟いた。

「つまりは、一目惚れってただの同類感知システムの作動でしかないの」

「わかった。君の言いたいことは、要するに僕に声をかけられちゃ困るってことだろう?」

「いいえ、違うの」

「じゃあなぜこんなにも無意味な話をするんだ」

「あなたにはわかっていてもらいたいって思っただけ」

「そっか、でも他人の全てを理解することなんてできないよ。だからもし僕が君の言っていることを理解できなくても許してほしい」

「ええ、もちろんよ」

「じゃあ今度僕とデートに行かないかい?」

「デート?」

「僕は君をデートに誘いたくて話しかけたんだよ?」

「やっぱりあなたはわからないのね」

「一体何をわかってないって言うんだ」

「あなたがした一目惚れっていうのは私への好意でもなんでもなくて、あなたの中に搭載れたアンドロイド感知センサーが私を見た時に反応しただけってことよ」

「ごめんよ。僕には君が何を言っているのかさっぱりわからない。でも君のことをデートに誘うことってそんなにおかしなことかな?」

「いいえ、人間であればおかしくないわ」

「人間であれば?」

「だってあなたアンドロイドなんですもの」

「いいかい?僕はアンドロイドなんかじゃない」

「いいえ、あなたはアンドロイドよ。私も実際にさっきあなたに一目惚れしたんですもの」

僕はその突然の言葉に不意を突かれ、一瞬にして顔を紅潮させた。

「そんな真正直に言わないでくれよ。恥ずかしくなるじゃないか」

「でもあなただって私に言ったでしょ」

「それはそうだけど。本当に僕に一目惚れしたの?」

「そうよ」

僕は彼女の自信げな顔に圧倒されながらも、必死にまごつかぬよう意識を集中させた。

「君は僕のことが好きなのかい?」

「いいえ。まだあなたのこと何も知らないわ」

「なのに一目惚れはしたのかい?」

「ええ」

僕は咄嗟にこの際彼女に告白してしまうべきではないかとふと思いついた。しかし告白の言葉を考えれば考えるほど心臓の鼓動が早まり、僅かな震えが彼女に見られてはいまいかと心配になった。

「僕は、僕は君のことが好きだ」

彼女はさすがにその言葉は予期していなかったようで驚いていた。

「君は僕のことをまだ知らない。それは十分承知している。けれど一目惚れをしたことが確かなのだとしたら、僕とデートに行ってくれないか?」

すると彼女は何もかも諦めたような表情になり呟いた。

「仕方ないわね。いいわよ」


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