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【短編】『人喰い成敗』

人喰い成敗


 街では詐欺や窃盗、殺人などあらゆる悪事が横行していた。そんな混沌とする街で突如として、悪事を働いたであろう者が次々と行方知れずとなる事件が多発したのだ。最初は、街から逃げたと思われていたものの、どうにもそ奴らの住処を観察する限り、逃げた跡とは思えないほど普段の日常がただ残されているのである。そしてそ奴らの女房たちは、旦那は何者かに拐われたんだと口々に呟いた。

 ちょうど同じ時期に、街ではとある化け物の噂が広まっていた。夜更けに姿を現しては人を拐って食い物にするとのことである。そして、偶然それら二つの出来事が一致したことから、その化け物のことを街の人たちはこう呼んだ、「人喰い成敗」と。

 人喰い成敗は街で多数目撃されているらしいが、彼らの証言する姿形は多岐に渡った。ある人は、まるで熊のように大きくて毛深く、俊敏な動きをすると言った。別の人は、動体は小さいが腕が非常に長く、奇妙な声を発しては人を求めて街にやってくると言った。あるいは、街の商人に化けて気づかぬうち人を拐っていくとのことだった。化け物のおかげで街では悪事がなくなりつつあったものの、街の人々はどこかで恐怖を抱いていた。

 ある日、街で女房と共に質屋を経営する八助は、月が上がった時分に家を抜け出してこそこそと夜道を歩いていた。とある茅葺の家にたどり着くと、周りを見渡してすぐに中へと入っていった。中に入ると、女が寝床で八助を待ち構えており、すぐに八助は着ていた服を脱いで電気を消した。八助は女房に内緒で女と関係を持っていたのだ。それどころか、街中の女に声をかけては、密かに関係を結んでいた。女房はと言うと、夜はすぐに寝床についてしまうのと極度の鈍感さで、八助の密通に気づいてすらいなかった。

 毎週にわたって、八助はあらゆる家々を巡回した。それも独身の女だけでなく、家族がいる家庭もお構いなくだ。そしてある日のこと、女の家で事が始まってまもなく、突然近くから男の叫び声が聞こえたのだ。外に出てみると、一人の男が腰を抜かして尻餅をついているのである。男は暗闇の方を指差しながら、「人喰いだ。人喰い成敗が現れた。」と何度も呟いていた。しかし、すでに人喰いの姿はなく、物珍しさに集ってきた近隣住民たちは、つまらなそうな顔をして寝床の方へと帰っていった。八助は住民に女との関係性を悟られまいと、その日は渋々家路へとついた。

 街では一切悪事が横行しなくなっていった。しかし平和というものは名ばかりであった。今度は何も悪事をしていない人までも姿を消すようになったらしいのだ。八助は、また物騒な世の中になってきたかと思いながらも、自分のもとには来やしないと、特に気落ちすることはなかった。

 引き続き先週と同じく女の家へと向かった八助は、暗闇の中でなるべく音を立てずに道を歩いていた。すると、急に物陰からなにかが現れたのを察知し、咄嗟に身をかがめた。八助は恐る恐る片目を開くと、向こうも身をかがめており、農業をしている組合の一員の男であった。すると、その男は立ち上がっては私の顔を見てため息をついた。

「なんだ、八助さんじゃないか。てっきり人喰いにでも出くわしてしまったかと思ったよ。」

「こっちこそ、だいぶびくりとしたよ。」

「それより、八助さんこんな夜分に何してるんだい?」

「ああ、ちょいと商売の方で用があって。」

「そうかい。わしもそんなところだよ。しかしお互い大変ですな。」

「ああ、そうだな。根気強く頑張ろうじゃないか。」

「おお、頑張ろうか。ではまた。」

と男は畑の方に去っていった。

 明くる日のこと、事件は起こった。八助は女房に店番を任せて店内に昼寝をしていると、何やら店の前が騒がしくなってきた。女たちが何やら言い争いをしているのである。そして、女が一人店に現れると、女房に話しかけた。

「こんにちは。八助さんの奥さんでいらっしゃいますか?」

「はい、そうですが。」

一瞬、間があったかと思うと、女は再び語り始めた。

「奥さんには申し訳ないけれど言わせてもいます。実は私八助という男の女でございます。この場で申し上げるのも心苦しいのですが、実はその女というのも私だけではないのです。この男、街のどこかしこに女を作っているんです。すでにその女たちにはお会いしましたが、皆この男のたった一人の不倫相手と心得ていたとのことなのです。私たちは話し合った挙句、皆本人に言いたいことがあるということで本日は皆でお店の方に参りましたのです。あの男にはもう観念していただかなくてはなりません。不倫以上の重罪であります。」

それを聞いた女房は顔が腫れ上がるように赤くなり、八助を呼ぼうと店の中へ入ったが、すでに八助の姿はなかった。八助は何もかもを放置して外へと出るも、すぐに女たちに見つかり、死に物狂いで逃げた。しかし、どこからともなく現れる不倫相手やその女の亭主に追いかけ回され、とうとう街にはいられぬ身になってしまった。八助は意を決して少しばかりの間、山に身を隠そうと考えた。

 ある夜、とうとう飢えに耐え兼ねた八助は街の人びとが寝静まった頃、みすぼらしい格好で山を出ては、畑に向かった。そして、ニンジンや大根を土から掘り起こしては、無茶苦茶に食べ始めた。数日ぶりに食糧にありつくことができた喜びのあまり、異常な泣き声を発しながら無心になって食らいついた。すると、突然後ろからなにか袋のようなものを被せられたかと思うと、身動きが取れなくなってしまった。

「やっと、人喰いを捕らえたぞ!」

「こいつはずっと俺たちに恐怖を与えてきたが、もうこれでしまいだ。」

誰かが何かを言っているのはわかったが全く聞き取れないまま、袋の中から出ようと脚や腕で交互に袋を突いてもがき続けた。それを見た人々は、口を揃えて言った。

「ありゃ本当に化け物だ。逃げ出す前に早くやっちまわないと。」

八助は袋と共に、大きな鍋の中へと放り込まれた。すると、何やら「ジュー、ジュー」という音が聞こえてきたかと思うと、すぐに足元が発火した。街の人々は鍋の中から出る異常な泣き声を聞きながら、本当に化け物が存在したのだと、恐れを抱きつつも皆肩を寄せ合った。

 街から化け物はいなくなった。しかし、それ以降も街から姿を消す者は耐えなかった。


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