【29】 「ミソちゃん」を自分好みにするなんて、簡単なことじゃなかった
脳科学関連の本を皮切りに、心理学、哲学などの本を読み漁る日々が始まりました。
何が分からないかも分からないため、手当たり次第に図書館で借りまくり、そのうち、近所では飽き足らず、電車やバスに乗って複数の図書館をはしごするように。
小説を読めなくなっている私の読書熱が、すべて脳科学のジャンルに向かいました。棚の端から端まで、舐めるようにして借り続け、だんだんとその全体像が把握できるようになってきました。
脳科学の本には「ホメオスタシス」という言葉が頻繁に登場します。
脳には現状維持を好み、変化を嫌うシステムが備わっているそうで、その恒常性をホメオスタシスと呼ぶそうです。
つまり私が「変わろう」としても、「ミソちゃんの既存プログラム」が、「このままの環境が慣れていて快適なので、変わらないでください」と訴えてくるというメカニズムです。
「ミソちゃん」にそう言われてしまうと、こちらも抗うのがとても難しい……つまり脳は楽をするようにできているんですね。
脳みそのミソちゃんの立場からしてみれば、新しいことは面倒だし、失敗するかもしれないし、いろいろなリスクもある。だから、「今のままでよろしく」となる。これがデフォルトなんですね。
変わるって、相当難しそうですね(涙)
そして、この手の書籍によく書かれているのが、「この本を読んでいる最中、一時的にやる気になったとしても、結局変わらない人も多い」という手厳しい指摘です。
(……でしょうねぇ!)
私は思わず、納得してしまいました。
確かに本を読んでいる最中は、自分が変われるような気がして、気持ちが盛り上がっているのです。
麻薬を打って、一時的に偽りの万能感に浸っている感じでしょうか。
「私、変われるわ!!」
――しばらくして、本の内容も忘れ、何ひとつ変わらぬ自分がそこにいる……これぞ「ホメオスタシス」です。
「だいたいさあ、脳科学とか言っても、要は自己啓発ってことなんでしょう? もともとそういうの、好きじゃないじゃん! 胡散臭いって思ってたじゃん!」
ミソちゃんが私に訴えてきます。
「……そうだけど……でも、やっぱり、こんな自分はイヤ……だからどうにかしたいの」
私も必死で抵抗を試みます。
「どうにかしたいって言われても。こういう性格に生まれたんだもん。仕方ないじゃん。諦めてよ」
「…………」
「できるわけない」と諦める、いつも通りの自分。
悩んでくよくよして、未来を、明るいものであるとは想定できず、いつも不安に覆われてばかりの自分。
ここが辛い、あそこが痛い、苦しい、しんどい、なんでこんな目に遭うんだと、惨めな気分に浸りきって、悲劇のヒロインになる自分……。
「――ないわ!」
私は叫んでいました。
限られた大切な命だというのに、死ぬまでこんな自分とつきあっていくなんて、絶対にないわ!
「ミソちゃん! 頼むよ! ただ普通に、幸せになりたいんだよ」
「……無理。とにかく無理」
ミソちゃんが強く主張してきます。
こうしている間も、私は毎日脳にまつわる書籍を読み続けていました。知識や情報は、ミソちゃんの中に、どんどんストックされていきます。
「ミソちゃん、聞いて! せっかく溜めたこの知識、使わないでどうするの! 私が何ひとつ変わらないのだとしたら、こんな知識はゴミ同然だよ!」
何かひとつでも行動にうつし、変化していく。
そうでなければ、私は私のまんまだ。
「ミソちゃん。悪いけど、もう『変わる』以外の選択肢はないから」
「……知らん。こっちはこのままで別にいいし。これで幸せです」
「ウソつけ! 幸せじゃないだろ!」
「いえ、幸せです」
……ホメオスタシス強し、です。
本来、ホメオスタシスは悪者ではないのです。
現状を維持するシステムは、私たちが安全に生きられるための機能ですし、体温を一定に維持してくれているのも、ホメオスタシスのおかげ。
ああ! 難しい!
とりあえず、本に書いてある言葉を噛み締めながら、忘れたくない箇所をノートに書き写しはじめました。
インプットの後に、書いたり、誰かに話したりなどのアウトプットを行うことで、頭の中が整理され、記憶も強固になる……と、これもまた本で得た知識でした。
ペンのインクが、恐ろしいスピードでなくなっていきました。
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