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短編小説

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書いた短編小説をまとめています。
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ゲーム

ゲーム

「これでゲームは終わり。君は君のしたいようにすればいい」

 君がそう言ったのは真夏の夜のことで、僕らの汗ばんだシャツは柔らかに吹いた風に揺れていた。

 僕は永遠について考えた。君と僕の永遠。でもそれはついぞやってこなかった。叶うことのない夢。

 街灯に虫が群がる。コツンコツンと音がする。それ以外の一切は静寂だった。

「心配はしないで。きっと何もかもはうまくいくから」

 東京の夜空には今日

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ないしょ

ないしょ

「ねえ」と君が言って、「なに?」と僕が答える。東京の夜空に月は見えない。明日は雨だとネットニュースが伝えていた。

「どうしてわたしたちは忘れてしまうんだろう?」
「忘れるって、なにを?」
「しあわせだったこと、かなしかったこと、いろいろ」
「うーん」

 僕は君の問いよりも、なぜそんなことを君が考えているのかの方が気になった。だから聞いてみることにした。

「なぜ、そんなことを考えるの?」
「な

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りぼんのてほどき

りぼんのてほどき

"なんとか生き抜いた
 読みかけの本が溜まっていることを思い出した
 なんとか生き抜いた
 プレゼントボックスのりぼんを
 体のかたちが変わっても
 焦ってほどいてたい"

 ◎

 なんとか生き抜いた。わたし、もう少しでどうにかなりそうだった。なんとか生き抜いた。

 この世に未練なんてない。そう、ずっと思ってきた。繰り返される繰り返し。もう先が見えてしまったような気がして、それで。やりたいこと

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抱擁

抱擁

"抱擁を待っていた 胸の中で
 まるで私が聞き分けの悪い赤子のようにぎゅっと"

 ◎

 仲良くしたいよ、もっと。誰とでも。相性の合わないあの人とも、道ですれ違ったあの人とも。そんなこと、いつも考えている。

「君って、案外、強いんだね」

 そう言われると泣きそうになる。なぜだろう? 強くっても別に問題はないのに。

 ああ、わたし、毎日の繰り返しを愛したい。丁寧に生きてゆきたい。『PERFE

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石壁に座る

石壁に座る

 恋人同士で石壁に座る、なんて、おかしな話だ、とノリコは思う。心中でもあるまいし。

 それでもノリコは今まさに恋人同士で石壁に座っていて、思いとは裏腹のあれこれのあり方になんだか妙な気持ちになる。

(つまり、タカヒロはちょっと、センチメンタルに過ぎるんだよな)

 ノリコを海辺に連れ出したのはタカヒロで、石壁を見つけたのもタカヒロで、切り立って小高いその上へ、お

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貝

Artwork by @anssgenie.vision

 わたしは貝。歪んだ、聡明な。あなたのことを想っている。いつも、いつも。深い海の中で。

 わたしの表情が揺らぐとき、わたしはあなたの貝。あなたが貝のことをどう思っているのかは、興味はあるけれど関係がない。わたしが貝であることと、あなたがあなたであることは関係がない。いや、関係はある。でも、それでも。

 わたしは貝。塞いだ、拓いた。あ

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深夜

深夜

 街は眠らない。スクランブル交差点には無限の魂が行き交う。

 深夜。わたしは眠らない。夢を見ない。神さまのことを考える。

 わたしの神さま。わたしのすべて。わたしの宇宙。

 昨夜、寝転んでいたら宙に飛ぶ蝶々の幻影を見ました。それは確かなこと。そして不確か。誰にも説明なんてできない。

 深夜。わたしはタブレットを飲み込む。このままゆるやかな幸せをと願う。

 まどろみ。透明で深い慟哭。瞳孔は

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妖精

妖精

 どうにもならない気持ちがある。当たり障りのないところで終わらせることができたならどれほどに楽だろうと考えるけれど、そううまくことは進まない。どうにもならない。

 誰かを呪いたい。誰を? 誰かを。誰でもない誰かを。顔のないあなたを。わたしはいつも呪っている。執念深く、粘着質に。

 わたしとあなたの記念写真で、わたしは木陰に隠れている。表情もぶれている。笑っているんだか、泣いているんだかわからな

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電話

電話

 君との電話が終わるととてつもなく寂しくなる。またすぐに電話できることはわかっているのに。それなのに。

 これからの人生、どうやって生きていこうか、そんなことまで考えてしまう。空虚。寂しい。

 気分転換に散歩でもしようかな。読み途中の小説でも読もうかな。でも、何をしていたって君のことばかり考えてしまうのだ。

 これは恋だろうか? どうなんだろう。いまいちよくわかっていない。

 君がまたねと

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靴下

靴下

 私は靴下が好きだ。するりと履いたり、つるりと脱いだり、するりとつるりを繰り返したり。するりつるり。豊かで面白い。

 友達にそんな話をしたら変な顔をされたけれど私は微塵も傷付かなかった。自分でも驚くくらい。どうせなら私は靴下になりたい。誰かにするりと履かれて、つるりと脱がれたい。するりつるりと。そんな思い、この世界で誰かが抱いていたって問題ないでしょう?

 靴下、靴下、靴の下。靴の中なのに

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おっちょこちょいラッカルClumsy Ruckal (and his dream)

おっちょこちょいラッカルClumsy Ruckal (and his dream)

「ラッカルの野望はたいしたものでした。

 彼は宇宙船開発に新基軸を打ち出そうと思っていましたし、音楽や絵画にも四次元的な感性を盛り込むチャンスをうかがっていました。

 しかしラッカルは猿でしたので、まずは人間になる必要がありましたが、彼はおっちょこちょいでしたから、そういったことは忘れてしまったんでしょうね。

 嫁の反対を押し切って飛び出して、たどり着いた都会では捕獲されて、今ではあんなに痩

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幸福

幸福

「私は思うんだけどね」というのが杏の口癖だった。僕はそれを聞くたびに、よくもまあそんなにも思うことがあるものだ、と感心した。大抵の場合は感心するだけだったけれど、たまには口にも出した。

「よくもまあそんなにも思うことがあるものだね」

 すると杏は表情をむっとさせる。「すごく嫌な言い方だよね、それ」

 僕はえっ、と驚いて否定する。

「そんなことない、感心してるんだよ」
「感心してる人は、よく

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ペンパルは地下へ行く

ペンパルは地下へ行く

 ペンパルは地下へ行こうと思った。そういえば生まれてこのかた9年も過ごしたこの家には地下室があるのだということにペンパルは今の今まで思い当たらなかった。なんせ、そんなこと、母親も父親も先生も友達も誰も教えてくれなかった。

 教えなかったのにはわけがあった。誰も地下室なんて知らなかった。いや、知っていた。知っていたけれどわからなかった。見えなかった。見えたところで、どうせそれは、埃にまみれて、コウ

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ファミレス経営について

ファミレス経営について

 ファミレスを経営しようと思った。映画を観たのだ。ファミレスの店長の男がなにやら雰囲気の良い世界を漂っていた。これだ、と思った。

「ねえ」と僕が話しかけると、早希は少し間を空けて返事をした。
「ん」
「ファミレスを経営しようと思うんだ」
「ん」

 早希はリビングのソファに寝そべって、低反発のクッションに身を委ねながら、手元のスマートフォンをしきりに眺めていた。ん、の先の返答はない。

「聞いて

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