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《連載小説》BE MY BABY 第十一話:帰ってきたRain drops

第十話 目次 第十二話

 それから照山は長い全国ツアーのスタート地である名古屋へと旅立った。Rain dropsの今回の全国ツアーは前半後半に分かれていて、まず西日本と沖縄を周る西日本ツアーで始まり、その後一旦東京に戻って武道館公演を行う。武道館公演後、今度は東日本と北海道を周る東日本ツアーを行う。ツアーの最後は東京ドームで締められる。美月もドラマの収録でスタジオに缶詰状態になっていたが、それでも二人の絆は決して途切れたりしなかった。どんなにLINEや電話のやりとりが途切れ途切れになってももうお互いの愛を疑う事はなかった。ただ一心に相手の返事を待つだけだった。その短いやり取りの中で二人は互いの愛を確かめ合い、そして来るべき武道館ライブについて熱く語り合った。照山は美月に君の好きな曲をやりたいっと書いたが、美月は考えた末にこう書いてきた。

『私の好きな曲『すべての悲しい女の子たちへ』と『恋以上愛未満』、それと『By My Baby』歌って欲しいな。照山くんが教えてくれたこの曲聴くと照山くんと同じものを見れるような気がするの。照山くん言ってたよね。この曲聞くと君の顔が浮かんでくるって。私も同じ気持ちになるんだ。Rain dropsの曲じゃないけどいい?』

 悪いわけがなかった。美月の言ったように今もこの曲を聞いて彼女を思い浮かべる。この曲の主人公は僕に恋する美月だし、その恋心を歌う資格があるのは僕だけなのだから。照山はすぐに美月に向かって返事を書いた。

『絶対に歌うさ!武道館で君だけに歌うさ!僕のすべてを!この僕の少年性のすべてを込めて!』

 二人のLINEのやり取りはだんだん短いものになっていったが、しかし二人の想いは凝縮されたように濃密になっていった。照山は美月の返信がなくても毎日メッセージを書いた。それは美月も同じであった。二人は確実に想いの届くメッセージボトルに相手への想いを入れて流していたのだ。

 そして照山率いるRain dropsは西日本ツアーを終えて武道館公演のために東京に帰ってくることとなった。西日本ツアーは予想以上に盛り上がり、まず名古屋では熱狂的な女性ファンが照山にシャチホコをプレゼントするだぎぁと名古屋城に登って大問題になり、続く大阪ではライブ帰りの興奮したファンたちがRain dropsのためならいつでも死ねるねんと道頓堀に飛び込む珍事まで発生した。また四国の各県のファンはRain dropsどっちゃも行かせんと、空港会社や船舶会社にしばらくの間運行やめてやとひたすらイタ電しまくり、九州では一部のファンが照山をどけも行かせんと彼を桜島に拉致して一生九州に閉じ込めるという計画まで立てられる事態になった。ある県の局のテレビニュースでとあるコメンテーターがRain dropsの歩く所に騒動ありと発言していたが本当にその通りであった。その西日本に騒動を巻き起こしまくったRain dropsがいよいよ東京に帰ってくる。恐らく彼らは西日本ライブの大成功の勢いをそのまま武道館公演に持ち込んでくるだろう。至る所に貼られた武道館ライブ告知のポスターを見て、すでにチケットを購入していた関東のファンはその日が来るのを固唾を飲んで待っていた。

 美月は誰よりもRain dropsの帰還を待ち侘びていた。愛する照山がやっと帰ってくる。恐らく彼は初の全国ツアーでいろんなトラブルを乗り越え一段と逞しくなって帰ってくるだろう。彼女は今すぐにでも照山に会いたかった。照山がもうすぐ帰って来るという喜びでドラマの撮影さえ上の空になりNGを連発してしまった。そんな彼女に対してバラエティの仕事が控えているらしい男性アイドルの共演者はブーブー言った。照山がもう少しで帰ってくる。美月は照山に逢いたい気持ちで一杯だった。それどころか会わなければ照山に対する想いのせいで自分が張り裂けてしまいそうだった。だが彼女は来るべき武道館公演のためにリハーサルを重ねている照山の姿を想像してそんな自分を戒めた。照山は今武道館ライブのために全力で練習している。なのに自分はそんな彼に会えるという事に浮かれてドラマの撮影に集中出来ていない。美月はそんな自分を責めた。こんなんじゃ照山君に向き合えない。こんな私に彼に会える資格なんてない。彼女はそう自分を叱咤してセリフを叩き込むために台本を必死になって読み始めた。その美月にいつのまにかそばにいた先程のアイドルが話しかけてきた。

「なぁ、次回から結構台本変わるみたいだぜ」

 このアイドルの話に台本を読み込んでいた美月は興味なさげに「あっそう」と振り向きもせずに答えた。もう彼女にはバカアイドルと雑談なんかしている暇はなかった。今はただ自分のやるべき事をやるだけ。照山にまっすぐ顔を向けることができるように。


 いよいよ我らがRain dropsが東京に帰ってくる。こんなタイトルでマスコミはライブまで一週間を切った頃から各メディアで大々的に流れ出した。マスコミはずっとRain dropsを取り上げていたが、ライブ前日になると完全ヒートアップし一日中Rain dropsを取り上げた。取材陣は武道館のリハに向かうRain dropsに張り付き、メンバーが現れると一斉にマイクとカメラを向けた。照山を初めRain dropsのメンバーはその記者たちに向かって深くお辞儀をして去っていった。これをテレビで見た高齢の視聴者は今時なんて礼儀正しい若者と一瞬にしてファンになってしまった。

 テレビ各局は至る所でRain dropsの楽曲をかけた。いぢめ問題のニュースには『少年だった』、パパ活問題のニュースには『セブンティーン』、女子高生の自殺のニュースには『すべての悲しい女の子たちへ』等とにかく少年少女の問題を扱ったニュースにこの十代の少女たちのカリスマバンドの曲を無理矢理ねじ込んだ。ファンはもう狂乱状態でライブに参加出来たものも、出来なかったものも明日のライブについて各々熱く語っていた。ファンの一部は明日のライブ会場の武道館の前に集まってRain dropsの名をコールまでしていた。

 そしてとうとう武道館ライブの日がやってきた。当日の九段下は大混乱だった。少女たちの大群で駅構内は埋め尽くされ、降りるに降りれないような状態になってしまった。チケットを手に入れた少女たちは意気揚々と武道館に向かったが、一方チケットを手に入れられなかった少女たちは『Rain dropsのチケット譲ってください。私にできる事ならなんでもします』と書いた段ボール用紙を掲げて道行く人にチケットをねだった。彼女たちのこの激しいまでのバンドへの情熱が理解できぬ人は多いだろう。だが思春期とは常に大人には理解できぬものだ。少女たちは今Rain dropsに文字通り青春のすべてをかけていた。

 美月玲奈もまたRain dropsのライブにかけていた。いや、少女たちより遥かに激しくRain dropsを求めていた。今までずっと離れていた照山に今日やっと逢える。収録現場のスタジオの楽屋にいる今も心は武道館へと飛んでいた。美月は度々スマホを取り出しては照山のメッセージを確認した。しかしメッセージはない。照山は今武道館にいる。ああ!今すぐ会いに行きたいけど、私なんかが逢いに行ったら彼に迷惑をかけてしまう。だけどこんなところでいつまでもいたら頭がどうにかなってしまう。美月は収録がいつまでたっても始まらないのに苛立った。予定では収録は夕方には終わり、ライブ開始の19:00には十分に間に合うはずだ。だが今予定開始時間を過ぎているのに呼び出しさえかからない。演出が急に変わったとかでスタッフ同士でミーティングしているらしい。こんなトラブルはしょっちゅう起こることで、いつもは苛立ったりしないのだが、今日は別だ。美月はマネージャーに向かって収録はいつ始まるのか聞くように頼んだ。このまま始まらなかったらもうと思った時スマホが鳴った。彼女はハッとしてスマホを見る。照山からのLINEであった。

『美月さん、しばらくLINEできなくてゴメンね。今まで君に迷惑をかけたくなくてずっとLINEを控えてきたけど、今日はやっぱり君に僕の気持ちは伝えなきゃいけないと思ってLINEしたんだ。今日のライブだけどセットに君のリクエスト全部入れたよ。いつ演奏するかはその時まで楽しみにしていてくれ。僕はとにかく今日のライブを君のためだけにに歌いたい。他のファンには申し訳ないけどこれが今の僕の正直な気持ちなんだ』

 照山のLINEを読んで美月は歓喜のあまり目を潤ませた。照山君は今日は私のためだけに演奏してくれる。私も照山に恥ずかしくないように自分のやるべき事をやらなくちゃと思った所でマネージャーがスタッフを連れてやってきた。ようやく収録の準備が終わったそうだ。

 その日の美月の演技は異様に冴えた。周りもその美月の演技に影響されてか普段以上の演技を見せてNGを出すこともなく、あっさりと本日の全シーンを撮り終えてしまった。その後で軽い最終チェックがあり、それも全て終わると美月はスタジオから飛び出し待っていたタクシーに飛び乗った。今は五時半である。出発が予定よりかなり遅れてしまったが、今から行けば開演には無事に間に合うはず。美月はタクシーに乗ると早速照山にLINEで今タクシーで武道館に向かっている事を伝えた。彼女ははやる心を早くしろボケ!とタクシーの運転手怒鳴りつける事でしか抑えられなかった。心は武道館の会場にいるのに、どうして体は少年とは程遠い汚れ切った親父の運転するタクシーの中なのか。美月の心はもう照山でいっぱいであった。

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