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moyami
2020年5月3日 00:45
人生、ハードゲームだ。HPは2くらいの瀕死状態で全回復しないまま、フラフラと生延びてきた。そんな状態でも、涙を強要される。私は、何処からか聞こえてくる涙の音にすぐ気が付いた。自分の聞いている音楽をとめて、耳を澄ませた。そして、自分が声を押し殺して生きてきたように、泣くならバレないように泣けよと思った。私は、悲しいと言って、辛いと言って泣く人の気持ちが理解できなかった。
2020年6月12日 16:51
6月10日、不安定な天気だった。いつものように、外に出た瞬間雨に打たれ自分の雨女具合に嫌気がさした。それでも、傘を持たずに、走らずに、只雨の感触を味わった。電車に乗ると、雨は止んでいた。そんな情緒不安定な天気が続いた。日中というのは「雨も悪くない」と思えるものだ。しかし夜は一変して、「悲しい雨」にしか変換できなくなる。夜の22時ごろ雨もあがり、最寄り駅から自宅を目指し歩いて
2020年8月27日 00:50
今と全く違う土地に行ったとしても私は、この風の生温さを、頬を撫でられる気持ち悪さを、いつかの帰り道を、小さな記憶を、思い出すのだろう。きっと、人間はそんなふうにできているのだろう。思い出したくないことほど、頭蓋骨の芯まで染み込んでいる。そして、何気ない外の物質が、情景も感情も、見事に引き出す。「新しい自分」だとか、「生まれ変わった自分」だとかは、きっ
2020年9月22日 10:39
ユニクロのスウェットや、プーマのジャージが意味もなく流行り出したあの頃の記憶は最悪なもだけど、流行っていたものたちは今でも懐かしく思う。あの頃と同じスウェットを着て、肌寒くなった夜にほんの少し感情がざわつく。中学3年生だったか、家から閉め出されたことがあった。ユニクロのグレーのスウェット上下に身を包んでいた。確か2月頃だった。外は雪が降っていて、普段から夜に外に出ることはなかったから、