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雪よ林檎の香のごとくふれ

雪よ林檎の香のごとくふれ

北原白秋の最も有名な歌

君かへす
朝の敷石さくさくと
雪よ林檎の香のごとくふれ

君が帰る朝、敷石がさくさくと音をたてる。
雪よ、林檎の香りのように、匂やかにさわやかに甘酸っぱい香りを辺り一面に振り撒いて降ってくれ。
そして、優しく彼女の足跡を消しておくれ。

これは、
隣人の妻と恋愛関係に落ち、
姦通罪で投獄された白秋が、
その女性を思って詠んだ歌。

このふたつあとに

ああ冬の夜
ひとり汝

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落下する夕方

落下する夕方

「木端微塵だよ。もう、言われる言われる。『期待されるのは大嫌い!』とかさ」
健吾は華子の口調を真似た。
「期待?」
「『好意を注ぐのは勝手だけれど、そちらの都合で注いでおいて、植木の水やりみたいに期待されても困るの』」
私は相槌に困った。
「容赦ないのね」
まったくな、と言った健吾の声は、座礁した船の船底みたいにいたいたしい。

落下する夕方 / 江國香織

ひとに絶望すると、条件反射的に思い出す

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未生流いけばな教本

未生流いけばな教本

未生流いけばな教本 肥原碩甫

久しぶりに紐解く懐かしい教本。
わたしは華道は未生流で、茶道は裏千家。

西洋のフラワーアレンジメントは習ったことがないのでわからないけれど、日本の華道の基本というのは非常にロジカルだ。

盛花の体用型A

これはお正月によく活けることがある若松の格花

いえ、なぜこの教本を久しぶりに紐解くことになったかというと、最近自分で生けるお花があまりにもひどいから。

そう

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天の川

天の川

万葉集には天の川の歌が132首もあるとか
どれもとてもエロティック
ここには書けない意味のものも

天の川
相向き立ちて
我(あ)が恋ひし
君来ますなり
紐解き設(ま)けな

山上憶良

天の川、この川に向かい立ってお待ちしていました。いよいよ、愛しいあの方がお出でになるらしい。さぁ、衣の紐を解いてお待ちしましょう。

一年(ひととせ)に
七日(なぬか)の夜のみ
逢ふ人の
恋も過ぎねば
夜は更けゆ

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欲しいのは、あなただけ

欲しいのは、あなただけ

むかしむかし、好きになった人たちを思い出すとき、わたしはいつも、弟のことを思うような優しい気持ちになる。だって、昔好きになった人は、好きになったときには年上だったのに、今はみんなわたしよりも年下なのだ。彼らは年を取らない。永遠に年下のまま成長を止めて、わたしの胸のなかで生き続ける。

欲しいのは、あなただけ
/ 小手鞠るい

ひとりの女、かもめが好きになったふたりの男。

ひとりめは19歳学生のと

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斜陽

斜陽

太宰治の斜陽で最も好きな一節。

気取るという事は、上品という事と、ぜんぜん無関係なあさましい虚勢だ。高等御下宿と書いてある看板が本郷あたりによくあったものだけれども、じっさい華族なんてものの大部分は、高等御乞食とでもいったようなものなんだ。しんの貴族は、あんな岩島みたいな下手な気取りかたなんか、しやしないよ。おれたちの一族でも、ほんものの貴族は、まあ、ママくらいのものだろう。あれは、ほんものだよ

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ほんもの 白洲次郎のことなど

ほんもの 白洲次郎のことなど

ジープウェイレター

ヘンリープールのツィード

オイリーボーイのカントリージェントルマン

白洲次郎に惚れている男を愛した。

それに後悔などあろうはずがない。

最近は政治家でも何でも、すぐに「命を賭けて」なんて安っぽいこといったり、窮地に陥ると平気で涙をみせるじゃないですか。美意識が高く、苦労は人に見せず、常にかっこつけ続ける、ということなんかいまやないでしょう。だからこそ、次郎さんのような

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九月の四分の一

九月の四分の一

九月の四分の一 大崎善生

「ドイツイエロー、もしくはある広場」の前編にあたる、四作品で構成される短編集。

「ドイツイエロー…」は女性語りに対し、こちらは男性語りになる。

そのなかでも、圧巻なのは、時空を越えるなにかの縁(えにし)を感じてしまう「ケンジントンに捧げる花束」だ。

以前、なにかで読んだことがある。

愛する
信じる
待つ

これができる女性を男性は手放したくないし、必ず幸せにしよ

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ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶

ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶

大崎善生が描く美しい喪失の物語。

この小説は

キャトルセプタンブル
容認できない海に、やがて君は沈む
ドイツイエロー
いつか、マヨール広場で

の四つの短編で構成されている。

どの作品も読後、感情がどっと溢れだすように涙がこぼれてしまう。

そのなかでも、主人公ではないのだが、堪らなく魅力的な登場人物がいる。

それは「容認できない海に、やがて君は沈む」のお父さんだ。

「あんなにきっぷがよ

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花盗人

花盗人

──あなたが私にくれたものは、あの桜の小枝だけ。あなたが盗っていったものは、私のすべて。

花盗人 / 乃南アサ

最早、この台詞は名言以外のなにものでもない。

この作品を読んだあとでは。

人が人を支配するとは、こういうことなんだと思う。

妻がいなければ、なにもできない夫。

確かに、そう見える。

が、真実は違う。

精神的に夫に支配され、妻は思考停止に追い込まれているようにしか、わたしに

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肉まんを新大阪で



肉まんを新大阪で 平松洋子

平松洋子さんのごくごく短いエッセイはネット記事でなんどか読んでいた。

例えば、海苔かまぼこ。

かまぼこを厚く切る、海苔を巻く、それだけ。
それにおろしたての山葵があればなおよし。

手間は掛からないけど、これは間違いなくおいしいよね。

そんな、ちょっとつまみ食いをなんどかしているうちに、平松洋子さんを本格的に味わってみたくなった。

どのお話もとてもおいしい

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母影



母影 尾崎世界観

子どものころは形の似た漢字を間違うことがあったような気がする。

たとえば、よく笑い話にもあるけれど、「愛」と「変」とか。

大人からすれば、それはまるい形をした愛であっても、ほんとうはイビツに歪んでいて、子どもから見れば変な形をしたものに見えるのかも知れない。

その子どもからの視点は、鋭利な刃物のような残酷さだ。

尾崎世界観さんは初読みでした。

よくこんなに厳しい話

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