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音楽レヴュー 2

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音楽作品のレヴューです
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記事一覧

変わらないことを尊ぶ美しい夢 Red Velvet「Cosmic」

 韓国の5人組グループ、レッド・ヴェルヴェットが今年6月にリリースした最新EP「Cosmic」を繰りかえし聴いている。コンセプト・クイーンとしてK-POP界の中でも飛びぬけた人気を誇る彼女たちは、本作でもおもしろい世界観を披露してくれた。『ミッドサマー』(2019)や『ピクニックatハンギング・ロック』(1975)などさまざまな要素を見いだせる表題曲のMV、流行にとらわれない多彩なトラック群、そう

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社会構造から降りてみることの大切さ、緩さと笑いのラップに潜む革新性 ニコ・B『dog eat dog food world』

 ニコ・Bことトム・ジョージ・オースティンは、2000年にイギリスのバッキンガムシャーで生まれた。両親の仕事はお父さんが建設業、お母さんが教師だそうだ。ラッパーとして活動する一方で、衣装品レーベルCROWDを運営するなど、音楽以外の表現も目立つ。

 そんなニコ・BがUKラップ界で注目を集めたきっかけは、2020年5月にリリースされたシングル“Who's That What's That”だ。この

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パンク・ロックを発明したのは韓国の女の子たちだ Sailor Honeymoon「Sailor Honeymoon」

 Sailor Honeymoonは韓国のパンク・バンド。メンバーは、Abi Raymaker、Shin Zaeeun、Mio Siの3人。彼女たちの存在を知ったのは去年10月、YouTubeにアップされたある動画を観たときだった。このレヴューを執筆時点では再生回数200にも届いていないが、演奏を楽しむポジティヴさと社会の規範に収まらんとする気骨が共立していて、そこに惹かれた。
 それからは彼女た

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繊細な詩情と音楽への愛情が紡ぐ、庶民の慟哭 Big Special『Postindustrial Hometown Blues』

 ビッグ・スペシャルは、バーミンガム出身の労働者階級であるジョー・ヒックリンとカラム・モロニーによって結成されたユニット。共にアーティストとして短くない下積み期間を経て、デビュー・アルバム『Postindustrial Hometown Blues』のリリースに漕ぎつけた。
 こうした背景ゆえか、本作は初期衝動で溢れる作品とは言えない。酸いも甘いも噛みわけた者だけが生みだせる冷徹な批評眼と、確固た

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希望という名の光が眩しかった完全体“Queendom” Red Velvet @ KCON JAPAN 2024

 この世には、素晴らしいクイーンダムがたくさんある。そのほとんどが女性にとっての理想郷を歌い、男性優位社会に屈しない凛々しさが際立つ。そして何より、《強い私》という女性像が前面に出ている。

 そうした雑感を前提にすると、レッド・ヴェルヴェットの名曲“Queendom”は、少々異色と言えるかもしれない。〈We are Queens in the red castle(私たちは赤いお城の女王)〉と宣

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怒りを隠れ蓑にせず、愛と弱さを歌えるようになった者たち Idles『TANGK』

 ブリストルのアイドルズは、怒りと激しさを隠さないバンドだ。庶民を虐げる政治、有害な男らしさ、苛烈な差別や経済格差など、さまざまなテーマを自らの曲で取りあげてきた。
 良くも悪くもお利口で、何かしらメッセージを発しても遠回しな暗喩や皮肉という形の表現が少なくない現在において、アイドルズの音楽は率直な叫びとして稀有なインパクトを放った。レベル(Lebel)をUKラップが担うようになったなかで、ロック

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畏怖と共に愛聴しながら、抱えているモヤモヤ (G)I-DLE『2』

 K-POPにおいて、自ら作詞/作曲に関わるグループは珍しいものではなくなりつつある。それでも、5人組グループ(G)I-DLEのセルフ・プロデュース度は群を抜いていると言えるだろう。リーダーのソヨンを中心に、メンバーたちが創作に深く関わるだけでなく、そうして創りあげられた表現の質も高いのだから。

 この魅力は、今年1月29日にリリースされたセカンド・フル・アルバム『2』でさらに増している。本作に

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甘美なグルーヴ、多彩なサウンド Seven Davis Jr.『Stranger Than Fiction』

 テキサス州ヒューストン出身のプロデューサー、セヴン・デイヴィス・ジュニア。レコードショップやストリーミングサービスにおいて、彼の作品はハウスに分類されていることが多い。しかし、これまでリリースしてきた作品を聴いてもわかるように、ハウスと一言で形容するには無理がある多面的な音楽を鳴らしてきたアーティストだ。ファンクを前面に出したかと思えば、R&Bの香りを漂わせながら甘美なグルーヴを創出する時もある

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カン・ダニエルの告白、女性差別…K-POPの光と闇の歴史を辿る『K-POP Evolution』 初出:wezzy(株式会社サイゾー) 2021年7月17日

 筆者がたびたび寄稿していたウェブメディア『wezzy』が、2024年3月31日にサイトの完全閉鎖を予定しているそうです。そのお知らせの中で、「ご寄稿いただいた記事の著作権は執筆者の皆様にございます。ご自身のブログやテキストサイトなどのほか、他社のメディアでも再利用可能です」とあるため、こうしてブログに記事を転載しました。元記事のURLを下記に記載しておきますので、気になる方は閉鎖前に覗いてみてく

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艶かしく《女性らしさ》を塗りかえるロンドンのアーティスト Amaria BB『6.9.4.2』

 ロンドンにあるハックニー出身のアマリアBBは、シンガーソングライターとして活躍するジャマイカ系イギリス人。13歳でタレントショー『Got What It Takes?』に出場して優勝を掻っさらうなど、少女の頃から表現力を高く評価されていたが、本格的に注目を集めだしたのは2021年のシングル“Slow Motion”以降だろう。窮屈でステレオタイプな女性らしさを塗りかえたこの曲をきっかけに、Col

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熟練を見せつけるユーフォリックなダンス・ミュージック The Chemical Brothers『For That Beautiful Feeling』

 イギリスのダンス・ミュージック・デュオ、ケミカル・ブラザーズは良質なダンス・ミュージックを作りつづけてきた。テクノ、ハウス、ロック、ヒップホップなどさまざまな要素が混在したトラック群は多くのリスナーに愛され、いまもなお聴かれている。

 マンチェスターのアンダーグラウンドなクラブ・シーンから出発した彼らの旅を振りかえると、興味深い点がたくさんあることに気づく。ビッグビートというジャンルをメインス

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素顔を隠さない強さ 『aespa LIVE TOUR 2023 ‘SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN -Special Edition-』 2023.8.5~6

 2023年8月5~6日、aespaの東京ドーム公演に行ってきた。彼女たちのライヴを観るのは、今年4月におこなわれたさいたまスーパーアリーナ公演以来だ。そのときとツアータイトルは同じだが、東京ドーム公演は-Special Edition-と銘打たれている。どこがスペシャルなのか知りたいと思い、チケット販売開始と同時に応募し、運良くゲットできた。
 正直、ここ最近ライヴに対するハードルが上がってい

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言葉で楽しむK-POP ライオット・ガールの表情を帯びはじめた(G)I-DLE

言葉で楽しむK-POP ライオット・ガールの表情を帯びはじめた(G)I-DLE

 この一節は、韓国の5人組アイドルグループ、(G)I-DLEのデビュー曲“LATATA”(2018)に登場する。本稿を書くためにあらためて再生したら、リリース当時に聴いたときと印象は変わらなかった。多くの新人アイドルグループの歌がそうであるように、質の高いパフォーマンスでファンを魅了するという意志が詩的な言葉に置きかわっている。あるいは、誰かを夢中にさせたいと願う者を描いたラヴ・ソングとしても聴け

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蠱惑的なテクノ・トラック集 Marcel Dettmann「Electric Drive」

 ドイツのDJ/プロデューサー、マルセル・デットマンが最新EP「Electric Drive」をリリースした。まとまった作品としては、2022年のフル・アルバム『Fear Of Programming』以来となる。

 結論から言うと、「Electric Drive」はデットマンの魅力が詰まった秀逸なテクノ・トラックを楽しめるEPだ。ドライなオープンハイハットの鳴りとレトロ・フューチャーなシンセ・

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