カン・ダニエルの告白、女性差別…K-POPの光と闇の歴史を辿る『K-POP Evolution』 初出:wezzy(株式会社サイゾー) 2021年7月17日

 筆者がたびたび寄稿していたウェブメディア『wezzy』が、2024年3月31日にサイトの完全閉鎖を予定しているそうです。そのお知らせの中で、「ご寄稿いただいた記事の著作権は執筆者の皆様にございます。ご自身のブログやテキストサイトなどのほか、他社のメディアでも再利用可能です」とあるため、こうしてブログに記事を転載しました。元記事のURLを下記に記載しておきますので、気になる方は閉鎖前に覗いてみてください。

元記事
https://wezz-y.com/archives/92313
魚拓
ページ1 https://archive.md/k8glL
ページ2 https://archive.md/79lSm

 『K-POP Evolution』は、2021年3月にYouTube Originalsで公開された音楽ドキュメンタリー。7エピソードにわたってK-POPの歴史を考察する作品で、BoA、(G)I-DLE、スルギ(Red Velvet)HA:TFELT(元Wonder Girls)、PENTAGON、カン・ダニエルといったアーティストたちが登場する内容は見応えたっぷりだ。制作は、ヘヴィー・メタルに焦点を当てた映画『Metal: A Headbanger’s Journey』(2005)などで有名なBanger Filmsが手がけている。

 全エピソードを観て印象に残ったのは歴史観だ。エピソード1「K-POPの誕生」において、作は1966年のソウル梨泰院地区にまで時を遡る。そして、ヒッピー文化や華やかな繁華街など、多くのカルチャーが交わるこの地をK-POP発祥の地とするのだ。

 そうした流れを示すうえで、当時の韓国ロック・シーンで活躍していたギタリスト、キム・ホンタクのインタヴューを挟んだのは良い視点だと思った。ホンタクは、Key BoysやHe 6の一員として韓国のポップ・ミュージックに多大な影響をあたえたアーティストだ。いわゆる米8軍舞台と呼ばれるシーンを中心に活動し、多くの素晴らしい音楽を残している。

 そんなホンタクの証言を通して、本作は1960~70年代の韓国がどんな国だったかを伝えていく。当時の韓国はパク・チョンヒ独裁政権下にあった。漢江の奇跡と言われる劇的な経済成長により豊かさを手にしていた一方で、政権に批判的な者は容赦なく罰せられた。表現の自由は狭まり、それに伴いロック・バンドが警察に連行されることもあった。政権の意にそぐわないアーティストの作品は没収され、ライヴでの演奏を禁じる曲も定められた。そうした出来事があたりまえだった時代をホンタクは淡々と、しかし重みがある言葉で振りかえる。

 政権に目をつけられていたホンタク、シン・ジュンヒョン、ハン・デスといったアーティストたちの作品を聴くと、いまやあたりまえとなったハイブリッドな音楽をいち早く鳴らしていたことに驚かされる。トロットなど韓国歌謡に多い五音音階が下地のメロディーに、ジャズ、カントリー、ソウル、ブルース、ロックという西洋音楽の要素をブレンドした感性は、確かにK-POPの源流を見いだせるだけでなく、いまもなお私たちに興奮と驚きをもたらすおもしろさで満ちみちている。なかでもHe 6のアルバム『아름다운 인형 / 사랑의 상처』(1972)は、ファンクやソウルのスパイスを振りかけた極上のサイケデリック・ロックで、韓国ロックを代表する名盤と言っていい。

 1960~70年代の韓国に起点を置いた本作は、K-POPのみならず、K-POPも含めた韓国ポップ・ミュージック史の一端を炙りだす。先達に対する敬意や、社会と音楽を無理に切り離さない誠実さが際立つという意味でも、本作の視点は高く評価できる。

 このように本作は、サウンドの面からもK-POPを見つめる姿勢が顕著だ。とはいえ、エピソード2の「アイドル第一世代」以降はその面が薄くなり、ファン層の拡大など産業としてのK-POPを中心に据えた語り口が目立つ。エピソード2でトニー・アン(H.O.T.)も言うように、アイドル・グループのH.O.T.は、いくら努力してもミュージシャンではなく作り物だと思われがちだった。こうしたアイドルへの偏見は現在も根強く、2020年にはライターのエリカ・ラッセルがそれをBTSとポン・ジュノを比較する形で示唆している

 そういう風潮を、サウンド面にも注目できるはずの本作がほとんど掘りさげていないのは残念だった。サウンド的に掘りさげる価値を持ったK-POPがないわけでもないのだから。

 たとえば、(G)I-DLEの“Senorita”(2019)はキャッチーなポップ・ソングでありながら、セビジャーナスやファンダンゴス・デ・ウェルバといった3拍子系のラテン音楽に通じるビートを潜りこませるなど、聴きどころが多い曲だ。そんな曲の作詞/作曲/編曲には、(G)I-DLEのリーダーであるソヨンが関わっている。

 現在のK-POPはグループのメンバーが作品の制作に深く携わることも珍しくない。彼ら・彼女らの創作力を軽視してはならないし、もっともっと注目が集まってもいいはずだ。そういったところへの眼差しが本作は不十分だと思う。この物足りなさは、本作がK-POPを一面的に捉えまいとする視座が強いだけに、悪目立ちしてしまっている。サウンド面からの掘りさげだけで言えば、ネットフリックスによるドキュメンタリー・シリーズ『世界の“今”をダイジェスト』(2018~)のK-POP回のほうが優れた内容だ。

 K-POPを一面的に捉えないとするあまり、さまざまな題材や視点を取りあげすぎて、ひとつひとつの考察が中途半端になりがちなのは本作の短所と言える。

 しかし、さまざまな題材や視点を盛りこんだおかげで、必見レベルの映像が観られるのも見逃してはいけない。とりわけ頭から離れないのは、エピソード4「ファンたち」からエピソード6「アイドルの素顔: 最終評価」までの流れだ。「ファンたち」ではアーティストを支えるファンダム文化に迫っている。推しのファンミーティングやライヴに集うファンに話を聞き、いかにK-POPが世界的産業であるかを示す。

 それを掘りさげるうえでフィーチャーされているのがカン・ダニエルだ。元Wanna Oneのメンバーとして知られる彼は、これまでリリースしたすべてのミニ・アルバムをGaonチャート(日でいうオリコンチャート)1位に送りこむなど、K-POPシーンのなかでも飛びぬけたスターのひとりだ。

 「ファンたち」で彼は、自身の音楽やファンについて言葉を紡ぐ。常に良いパフォーマンスを見せて、支えてくれるファンを喜ばせたいという想いには表現者としての誠実さが垣間見れる。一方で、多くの人々がネットなどを介して常に自分の言動を見ていることに対する戸惑いや、その戸惑いのせいでSNSにログインしたくない時もあるなど、苦しさも語っている。

 カン・ダニエルの心情を前面に出す「ファンたち」は、ラストで視聴者にシリアスな問いを投げかける。ファンミーティングの後、彼がパニック障害とうつ病の治療を受けたと告げ、幕を閉じるのだ。「ファンたち」はネットによってファンダムが手を取りあうグローバルな繋がりのおもしろさと魅力に触れながら、ネットいじめやファンダムの過剰な期待に釘を刺す姿勢も際立つ。K-POPアイドルが抱える巨大なプレッシャーと、そういう状況が生まれがちなK-POPの産業構造に批判的眼差しを向けるのだ。その姿勢の影響か、「私たちにとって一番大事なのはファンのニーズに応えること」(スルギ)、「ファンと私はまるで家族のようです。でも、やっぱりビジネス関係でもある」(HA:TFELT)など、引用されるトップ・アーティストの言葉にはドライに聞こえるものも少なくない。

 批判的眼差しは、エピソード5「アイドルの素顔: 練習生」でさらに顕著となる。この回はデビューに向けて奮闘するHigh Upエンターテインメントの練習生をフィーチャーし、K-POPシーンの厳しさを丁寧に伝える内容だ。筆者からすると、頑張る練習生の汗とパフォーマンスには声援を送りたい気持ちが芽生える傍ら、それと対比させるように挟まれる辛さを吐露した言葉の数々がどうしても頭に残った。特に耳を引いたのはHA:TFELTの証言だ。スターとしての忙しい生活が好きだと認めながらも、「四六時中、元気一杯幸せ一杯の顔はできません。人間なので」「何度も生きるのをやめたいと思いました」など、辛さを率直に告白している。くわえて、辛さに押しつぶされた人たちを助けるシステムがないことへの憤りも見せる。

 エピソード6「アイドルの素顔: 最終評価」に入ると、アーティストが所属する芸能事務所の姿勢や、世間の眼差しといった問題にも踏みこむ。多くの人たちがイメージだけでアーティストの人間性を決めつけ、ゆえに交際時は事務所から圧力がかかることもあるなど、かなり赤裸々な証言が多く飛びだす。

 同じアーティストでも、性別によって扱いが異なると示すのもエピソード6の特徴だ。男性のスターと比べて、女性のスターは体重の増減といったルックス面に言及されがちという意見や、それを裏付けるように女性の練習生が自身の顔について悩むシーンも挟まれる。いわゆる女性差別的側面がK-POPシーンにはあると暗に伝えるのだ。

 こういった視点には一理あると思う。たとえば2019年10月に自らこの世を去ったソルリ(f(x))は、〈Girls Supporting Girls〉と書かれたTシャツを着るなど女性を支えるフェミニズム的言動が誹謗中傷の的になりがちだった

 Red Velvetのジョイは、結婚後の女性が強いられる犠牲に疑問を呈したインスタグラムの投稿にいいねをしただけで、「フェミニズムを語るのは引退してから」「生足出してるのに“いいね!”を?」といった罵りを受けた

 いまだアイドルに対する偏見や抑圧が強いなかでも、女性は特にそれを受けやすいということはもっと批判されてしかるべきだし、そのためのきっかけを描いた点は本作の良さと言える。

 本作は、K-POPを讃えるだけのドキュメンタリーではない。評価できるところやおもしろさを見せつつ、問題点を無視しない誠実な姿勢と批評眼がある。

 また、問題点をただ撮るだけでなく、問題に対して批判的姿勢を隠していないのも好感を持てた。「もし健康を損なったり、不当な扱いを受けたりしたら、黙っていてはダメだと思います。必要なら戦わないと」というスンヨン(KARA)の言葉や、「アーティストにはもう少し自分を大事にし、声を上げてほしい。エージェントには、アーティストをもう少し労ってほしい。ファンや一般の人には、アーティストが人間として幸せになる権利があることを考えてほしいです」と述べるHA:TFELTの切実さを曖昧にせず、議論が必要な事柄として視聴者に示す。

 『K-POP Evolution』は、K-POPを楽しみたいだけの人には耳が痛くなる話も多い。しかし、楽しむだけから一歩進み、魅力も問題も含めてK-POPを考えたい人にとっては、重要なヒントがたくさん詰まった作品として映るはずだ。

 筆者としては、考える人がもっと増えてほしいと願っている。増えたら、いま以上にK-POPはより多くの人に愛され、さまざまな面で楽しめるものになると思うからだ。ファンもライターも批評家も、提灯ばかり持つのではなく、時にはペンを取る必要がある。ダメものはダメと是々非々で批判し、問題を放置しない。放置すれば、問題は慢性的な膿となり、K-POPの発展に強力なブレーキをかけてしまうだろう。

参考文献

Crystal Tai『Exploding the myths behind K-pop』Guardian 2020
Malvika Padin『Exploring The Darker Side Of K-Pop’s Stan Culture』CLASH 2019
Matthew Campbell and Sohee Kim『The Dark Side of K-Pop: Assault, Prostitution, Suicide, and Spycams』Bloomberg 2019
Taylor Glasby『Holland is not afraid』DAZED 2019
パク・ユンギョン『「若い女性は2等市民…問題はこの社会にある」ソルリ1周忌に寄せた女性たちの連帯』ハンギョレ 2020
チョン・ダミン『ソルリ、彼女と一緒におばあちゃんになりたかった』ハンギョレ 2019
김애라『‘패셔너블’한 권리의 언어와 소녀성 산업』2017 女性新聞
姜信子『日韓音楽ノート―「越境」する旅人の歌を追って』岩波書店 1998
朴燦鎬『韓国歌謡史I 1895-1945』2018 邑楽舎
朴燦鎬『韓国歌謡史II 1895-1980』2018 邑楽舎

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