素顔を隠さない強さ 『aespa LIVE TOUR 2023 ‘SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN -Special Edition-』 2023.8.5~6


筆者撮影。2023年8月5日『aespa LIVE TOUR 2023 ‘SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN -Special Edition-』にて。
筆者撮影。2023年8月5日『aespa LIVE TOUR 2023 ‘SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN -Special Edition-』にて。


 2023年8月5~6日、aespaの東京ドーム公演に行ってきた。彼女たちのライヴを観るのは、今年4月におこなわれたさいたまスーパーアリーナ公演以来だ。そのときとツアータイトルは同じだが、東京ドーム公演は-Special Edition-と銘打たれている。どこがスペシャルなのか知りたいと思い、チケット販売開始と同時に応募し、運良くゲットできた。
 正直、ここ最近ライヴに対するハードルが上がっている。今年6月、ビヨンセのロンドン公演を観たせいだ。この公演には文字通り圧倒された。さまざまな演出からビヨンセ自身のパフォーマンスまで、あらゆるところがハイスコアを叩きだしていた。そのようなライヴを観た後だと、どんなに秀逸なパフォーマンスを観ても物足りなさが心に生じてしまう。これが偽らざる気持ちだ。

 しかし、東京ドームで観たaespaのライヴでは、物足りなさを感じなかった。むしろこれまでのK-POP女性グループによるガールクラッシュの歴史が交雑したハイブリッドな演出や衣装、構成に魅了された。ウィンターによるBoA“Shine We Are”(2003)のカヴァーには、SMエンタの歴史を背負う王道アイドルとしての表情が感じられた一方で、ギャルのノリでわちゃわちゃしつつも鋭い目線でキメるときはキメる姿は、2NE1といったYG系のアグレッシヴなガールクラッシュが脳裏に浮かんだ。こうしたK-POP史の横断とも言えるヴィジュアル表現やダンスは、K-POPの王道でありながら、従来のグループには見られなかった側面も備えた新世代という魅力を放っていた。
 サウンド面も興味深いところが多かった。EDMというよりは、エイベックスのハードコア・テクノ・コンピシリーズ『JULIANA'S TOKYO』的ないなたさを醸すダンサブルなナンバーもあれば、重低音が効いたミニマルなヒップホップも聞こえてくる。かと思えば、ディスコ風味のシンコペーションが映えるベース・ラインも飛びだす。もちろん、デコンストラクテッド・クラブ・ミュージックのグルーヴを宿した“Savage”のように、アンダーグラウンド直結のポップ・ソングも繰りだされる。過度に流行と親密になることを避けながら、独自性を紡いでいく曲群は、aespaのオリジナリティーを際立たせる重要なピースだと思う。

 とはいえ、今回の東京ドーム公演で特に印象的だったのは、これまで以上に《リアル》が前面に出ていたことだ。aespaの世界観において重要な存在であるバーチャルヒューマンnævisをリアルワールドに迎えるという内容の“Welcome To MY World”、アイドルであるaespa自身の状況を歌っているようにも聞こえる“I'm Unhappy”、さらにはジゼルのソロ曲にして自ら手がけた“Keep Going”など、人としての彼女たちを垣間見せる場面が多かった。
 それらの場面を観て、aespaは《隙のない完璧なアイドル》よりも、《アイドルであろうと頑張る4人》と言ったほうがしっくりくると感じた。さいたまスーパーアリーナ公演と同じく、アンコール前には公演で使われた映像のメイキングを流していたが、こうした演出からもわかるように、今回のツアーには作りこまれたサウンドや演出のなかに隙や素顔、もっと言えば裏側がある。いわば今回のライヴは作り物だと示している。それを承知で観客はaespaの4人に歓声を捧げ、憧れ混じりの親近感を抱く。いわばファンを共犯関係として巻きこみながら、aespaという存在は作りあげられる。

 このような関係性を受けいれているファンは、aespaが作り物であることを知っている。それでも興ざめするどころか、応援の声はさらに熱くなっていく。4人と共に歌い、歓声をあげる。
 そうした美しい光景が広がるのは、aespaという作り物から漏れでてくる4人の人間性に、ファンは惚れこんでいるからではないか。ヘイトクライムの被害者に寄りそう気持ちを表すため、安全ピン(※1)がモチーフのアクセサリーを身につけるジゼルの優しさなど、4人のパーソナルな側面こそaespaが愛される所以なのだと思う。だからこそ、4人が男子高の行事に出席してセクハラ被害に遭ったときも、多くのファンが加害者を批判し、彼女たちを守ろうとした。この動きには、華々しい偶像を崇拝する狂信ではなく、好きな人が傷ついているのを見たくないというプリミティヴなファンたちの想いを見いだせる。

 筆者がaespaだけでなく、彼女たちとファンの繋がり方にも好意的なのは、aespaだってアイドルの前に人間なのだと多くのファンが認識しているからだ。そんなファンに背中を預けるからこそ、aespaもある程度の自由と意思決定を持ちながら、活動できている。
 また、そういったコミュニティーを形成したうえで、彼女たちの言動や楽曲に明確なメッセージ性が感じられるのも、aespaを好意的に見ている理由のひとつだ。インタヴューやインスタライヴにおける発言はもちろん、いまを楽しむことの大切さを歌いつつ、時には休みも必要だと伝える“YOLO”など、彼女たちの言動や曲にはK-POPの定石に収まらない側面が目立つ。

 これまでのK-POPは、隙を見せず、細部まで作りこんだ上質なパフォーマンスを前提とするものがほとんどだった。とりわけ、同性から高い人気を得ているガールクラッシュ的要素があるグループは、その傾向が強い。歌詞や発言も、前向きな姿勢をアピールするのがほとんどだ。
 しかしaespaは、作品を重ねるごとに、そうしたセオリーにハマらないところが際立つようになっている。もちろん、ハイブランドのアンバサダーなど、いまのK-POPグループではあたりまえの仕事をaespaもこなしている。だが一方で、行きすぎると窮屈なマッチョさにも見えてしまう前向きさに反する緩さを隠さず、人気YouTubeチャンネル『한밤 HANBAM』では正論のぶっちゃけトークを披露し、ファンの笑いを誘った。

 aespaはK-POPの定石をなぞっているように見えて、その定石をゆっくりと着実に拡張しているグループだ。男性グループと張りあう激しいパフォーマンスとは異なる形でガールクラッシュを示し、前向き一辺倒ではない言動や歌詞も多くなってきた。時には自分の意見や考えを臆さず述べる姿は、お利口さんなだけの人形とは程遠い。こういった魅力と革新性を、8月5~6日の東京ドーム公演では十二分に楽しめた。


※1:世界的に安全ピンは、ヘイトクライムの被害者に寄りそう意を示すために使われることが多い。この動きは2016年ごろから急速に広がり、定着した。

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