マガジンのカバー画像

物語のようなもの

394
短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
運営しているクリエイター

#思い出

『親父の「思い出」』

『親父の「思い出」』

俺は、若い頃から家を飛び出した。
会社一筋の親父に反発した。
親父が家庭を顧みることはなかった。
子供の学校行事にも姿を見せたことはない。
家を出る俺を、お袋は引き止めた。
あんたも、さっさと見切りをつけたほうがいいぜ。
何か言いたそうなお袋を残して俺は歩き出した。

俺は、金を稼いでは使い果たす生活を続けていた。
将来のことなど考えなかった。
悪い借金にも手を出した。
家に忍び込んで、親父の印鑑

もっとみる
『ダニー・ボーイを聴く日』

『ダニー・ボーイを聴く日』

彼と出会ったのは、小さな居酒屋だった。
その日は、会社の上司に誘われて飲んでいた。
誘われてとは言っても、もともとは私が相談事を持ちかけたのが始まりだった。
社内での人間関係が上手くいかずに、上司に応接室で話をした。
それが、就業時間の間際だったので、そのままもう少し話をしようということになった。

もし誘われれば、それもいいかなと思いながら飲んでいた。
上司にその気があったのかどうかはわからない

もっとみる
『たこ焼きエレジー』

『たこ焼きエレジー』

拓さんの店は駅前のロータリーから少し入ったところにあった。
狭い店の中にある小さなテーブルのまわりは、僕たち野球部のたまり場だった。
店の名前は「たこ焼きの拓ちゃん」
拓さんがねじり鉢巻で焼くたこ焼きは、タコが大きいので結構流行っていた。
中学校では、登下校中の飲食は禁止されていた。
「大丈夫、何かあったら俺が何とかしてやるよ」
拓さんはそう言って、何人かの名前を出した。
拓さんが通っていた時の先

もっとみる
『寺西くんは嘘つきだ』

『寺西くんは嘘つきだ』

寺西くんは嘘つきです。

白いギターを持っていると自慢していました。
テレビで変なことをすると、土居まさるからもらえるやつです。
でも、あたしは寺西くんがテレビに出ているのを見たことがありません。
みんなでそのことを追求すると、
「本当は黙っとくように言われたんだけど、お父さんが土居まさると知り合いなんだ」
きっと嘘です。

お菓子の缶詰めを持っていると威張っていました。
森永のチョコボールで金の

もっとみる
『償いの君に』

『償いの君に』

僕たちが出会ったのは新宿の喫茶店だった。

大学に入ったばかりの僕は、先輩と相談して同人誌のメンバーを募集した。
ぴあの欄外に載った小さな告知に君は応募してきたのだ。

当日は確か10人ほどがその喫茶店に集まった。
学生もいたし、社会人もいた。
君があの大学病院で働く女医だと名乗った時には、みんなおっという顔をしていたよ。
お互いに好きな作家とか、詩人とかを紹介してその日は解散した。

その数日後

もっとみる
『スネ夫の抗議』

『スネ夫の抗議』

スネ夫が死んだぞ。
帰宅して食事をしていると、郷里の友人から連絡が来た。
交通事故で即死。
間もなく定年だった筈だ。
妻にも伝えた。
2人とも無言のまま食事を終えた。

郷里を離れている数人に連絡をとってみた。
全員が既に知っていた。
どこかで待ち合わせて向かおうということになり、場所と時間をすり合わせた。

夜中、眠れそうになく、滅多に飲まないビールを飲んでいると妻も起きてきた。

高二の時の担

もっとみる
『空飛ぶストレート』

『空飛ぶストレート』

その頃、無頼派を気取っていた僕は、毎日飲み明かしていた。
4年の夏休みが終わっても就職活動も始めていなかった。
その夜は、彼女と居酒屋で飲んでいた。
「俺は企業に自分を売ったりしたくないね」

突然、彼女の右ストレート。
「お前の飲んでる酒は誰かが一生懸命働いて作ってるんだ。お前の履いてるくたびれた靴もそうだ。あれもこれもみんな、どこかに就職した誰かが、汗水流して作ってるんだ。斜に構えるだけが人生

もっとみる
『町のホタル』

『町のホタル』

夜になりみんなが寝静まった頃、
彼女はそっとひとりの部屋を出た。

足音を忍ばせて、早足で歩く。
行先は決まっているようだった。

胸には小さな財布を抱きしめている。
うつむきかげんの顔には期待と不安が表れていた。

角を曲がった先には、
四角い灯りが暗い通りに浮かび上がっていた。

さて、ここでもう少し上空から眺めてみよう。

おやおや、町のあちらこちらで、
同じような四角い灯りを目指して歩いて

もっとみる