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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#詩

『大人のふりをして』

『大人のふりをして』

どうしても大人にはなれそうもなかった。
自分では努力してみた。
でも、どんなに頑張っても、大人にはなれなかった。
だから、大人になれないので、せめて大人のふりをしようと考えた。
大人のふりをしてみて、初めてわかった。
みんなも、大人のふりをしているんだ。
大人のふりをしてみたら、大人のふりをした人が、あたかも大人のように接してくれた。
だから、大人のように礼を言ってみた。
やがて、大人のように就職

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『理由』

『理由』

どうして理由など尋ねるのですか。
いつも理由を尋ねるのですか。

涙を流すのに、理由がいりますか。
嘘をつくのに、理由がいりますか。
夢を見るのに、理由がいりますか。
追いかけるのに、理由がいりますか。
あきらめるのに、理由がいりますか。
忘れ去るのに、理由がいりますか。
後悔するのに、理由がいりますか。

理由、理由、理由。

あなたと出会うのに理由がいりますか。

それとも、あなたが答えてくれ

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『白い詩集』

『白い詩集』

ある日少女は町に行き、白い詩集を買いました。
小さなページの小さな言葉。
今は寝息を立てている、生まれたばかりの言葉たち。
いつか愛しいその人に、優しく優しく語るはず。
いつか優しいその人を、愛しく愛しく包むはず。
その日を夢見て眠ります。
詩集を抱いて眠ります。

目覚めた今日は昨日と同じ。
夢見た明日も変わらない。
変わらないなら眠ること。
目覚めるよりも眠ること。
白い詩集を胸に抱き、その日

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『君の幸福は』

『君の幸福は』

幸福が欲しいと君は言う
幸福を手に入れたいと君は願う

君の幸福は何階建て?
君の幸福は何角形?
君の幸福は何平方メートル?
君の幸福は時速何キロ?
君の幸福は何人分?
君の幸福は何年分?
君の幸福は何色?
君の幸福は何味?
君の幸福は何キロカロリー?
君の幸福は何キログラム?

そうじゃない
きっとそうじゃない

それは
買ってきたり
もらったり
ほらっと手のひらにのせてみたり
引き出しから取り

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『月夜の晩に』

『月夜の晩に』

月の姉妹はお年頃。
月の姉妹は罪作り。
妹は瞳で男を誘い、
姉は美貌で踏みにじる。
妹は言葉で男を騙し、
姉は視線でとどめ刺す。
夜な夜な続く酒宴でさえも、
時々余る夜の名残り。
殺めた男を懐かしみ、
不意に流れるその涙。
月の涙にご用心。
月夜の晩のひとしずく。

月夜の晩に行ったのさ。
君のお家に行ったのさ。
月の光に身を隠し、
そっとたたずむ窓の下。
聞こえてくるのは恋の歌。
あいつが歌う恋

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『私の故郷』

『私の故郷』

駅の名前は変わっていない。
この町だ。
列車を降りる。
背後でドアが閉まる。
歩き出した。
襲ってくるもの。
舞台じかけのように動きだした時が、ゴトリと音を立てて止まる。
高架になった駅ビルが言う。
夢破れたか。
路地だった大通りが言う。
みんな変わったよ。
新しいショッピングモールが見下ろしている。
みんなを捨てたというのは、お前か。
花屋はファーストフード店に。
あたしのせいじゃない。
擦り切

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『降る言葉」

『降る言葉」

空を見上げる。

あちらでも、こちらでも、みんな空を見上げる。

小さな広場で。

両手を広げて、受け止めている。

たかい空から舞い落ちてくる言葉を。

悲しい言葉。

嬉しい言葉。

寂しい言葉。

楽しい言葉。

大きな言葉。

小さな言葉。

明るい言葉。

暗い言葉。

朝の言葉。

夜の言葉。

たくましい言葉。

頼りなげな言葉。

大人の言葉。

子供の言葉。

明日の言葉。

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『明日の風』

『明日の風』

明日は明日の風が吹く
昨日誰かの胸に不安を掻き立てた風
誰かの頬の涙を乾かした風
誰かの夢を粉々にした風
地球の裏側の少女のため息
少年の手のひらに握りしめられた風
誰かと誰かの恋の炎を燃え上がらせた風
そして吹き消した風
誰かに道を踏み誤らせた風
はるか昔、決闘の場に舞い上がった一陣の風
誰かが誰かに何かを託した風
人類の初めてのささやきを運ぶ風
無人島の洞窟に置き去りにされた風
その重さに耐え

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