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大日本末期文学全集

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終末感が滲み出る文章がまとまったら、ここに投稿します。イラストと文を合わせて一つの作品になっていることもあるので、雑誌のような感覚でお楽しみください。
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2022年7月の記事一覧

『「117の時報ってわかる?」』

『「117の時報ってわかる?」』

Mくんの家に遊びに行った

おやつを出してくれて

アニメを一緒にみた

夏休みの宿題のはなしになった

自由研究が

いちばんたいへんだよねって

僕は

『月の満ち欠け』にするけど

Mくんはどうするの?って

きいてみた

「AI化が加速度的に進む時代だから敢えてそれに逆行したことを確かめてみたいんだ」

っていう長文の返事だった

「117の時報ってわかる?」

僕が知らないって答えると

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『一瞬の気の緩みが』

『一瞬の気の緩みが』

この国に潜んで早や

三か月になろうとしている

あらかじめ母国で習得した

この国の言葉も

すっかり当地流に馴染んで

"偽造のビザ"が切れるから

一旦帰国せねばならない

"観光ビザで雇われている"仕事先に

理由を告げて休みを乞う

というのは表向きの理由で

私は情けないことに

諜報員をクビになった

つまりはほんとうに

偽造の観光ビザで

不法にこの国に入り

不法に職を得ている

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『「夏の晴れやかな太陽はときに残酷なのさ」』

『「夏の晴れやかな太陽はときに残酷なのさ」』

「きみはなぜ、泣いているの?きかせてよ」

「…」

「黙っていてはわからないよ、さぁ」

「…」

「ほら、外をごらん!こんなに晴れやかだよ」

「あの…」

「うん」

「そっとしておいて…もらえないかな?」

「どうして!ぼくはきみのためを思って!」

「…」

「いけない…また声を荒げてしまったね」

「…」

「夏の晴れやかな太陽はときに残酷なのさ」

「あ、きょうはそれ?」

「そう…

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『e仁義』

『e仁義』

やらかしやがった

うちの若い奴が

やらかしやがった

落とし前をつけさせなきゃならん

もっとも

その若い奴の顔なんぞ

俺はしらない

そいつの兄貴分

そのまた上の兄貴分

束ねてる支部の長

そいつらにも揃って

落とし前をつけるよう

言いつけた

今すぐ呼びつけて

どやしつけたいところだが

幸か不幸か

俺はいま遠い南の島で

のんびりしている

しばらくは

帰国するつもりも

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『志望する大学へ』

いい歳をして

俺は駄々をこねた

進路指導の三者面談で

駄々をこねた

働きたくない

大学に行きたいと

駄々をこねた

前日までは

学校の紹介する会社に

喜んでいくつもりと

両親には伝えていた

担任のほうからも

紹介先は心配するなと

そう言われていて

ところが俺の本心は

そうではなくて

担任の顔色が変わり

母親の困惑も手に取るよう

キミの偏差値では残念だけどと

担任

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『ほんとはサンタさんなんて、いないんでしょ…?』

『ほんとはサンタさんなんて、いないんでしょ…?』

ほうら、待ってけどやっぱり来ない。

それに、気付いたらまた夏だ。

ほんとうにいるのかな、サンタさん。

僕はサンタさんを待って、指折り数えて、さんじゅうねんくらい経つよ、もう疲れたよ。

ねぇパパにママ…

ほんとはサンタさんなんて、いないんでしょ…?

そんなこときいても、無駄だってことはわかってる。

ねぇパパにママ…

どうしていつのまにか、亡くなってしまったの?

僕がサンタさんをまっ

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『ラスベガス広場で』

『ラスベガス広場で』

じいちゃんはラスベガス広場に行くのが

ゆいいつの楽しみで

広場の名前だけは豪勢だけど

村の真ん中の草っぱら

暇な老人が集まって

麻雀やら花札やら

つまりは合法ではない

賭け事にいそしんでる

とはいえみんな

少ない年金から

孫の小遣いを差し引いて

そんな雀の涙ほどの資金で

みんな楽しんでいるようす

なんなら村の駐在さんも

非番の日には

輪の中にいるもんだから

なんとも

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『しばらく誰にも、会わないようにしないと。』

『しばらく誰にも、会わないようにしないと。』

学生時代から続けて12年ほど住んだ部屋を離れた。とくに前向きな理由はないんだけど、ものぐさな自分としてはめずらしく気分転換にと思って。

たいして給料があるわけじゃないから、グレードアップはできない。部屋は替えたいけど、この街は移りたくないから、そんな条件で探した。

これまでは駅の北口を降りて、街灯の少ない住宅地の奥のぼろアパートだった。こんどは同じ駅の南口、商店街を抜けたすぐのマンションで。

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『柵』

『柵』

岬の灯台広場を囲う鉄の柵が

何者かによって撤去されてしまった

潮風で経年劣化は早く

頻繁なメンテナンスが

必要とされている鉄柵

昼間は絶景スポットとして

その断崖絶壁の向こうに広がる

大海原を目当てに

観光客が押し寄せる場所にあって

「ふらふらっと歩いて、落ちたかったんです」

ひとりのおんなが

器物破損と窃盗の容疑で捕まった

おんなは供述のとおり

自死を望んでいて

そし

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『これは誰にも言っていない秘密なんだけど』

『これは誰にも言っていない秘密なんだけど』

これは誰にも言っていない秘密なんだけど

とある宇宙人と僕は

交流を始めたんだ

オンラインゲームをやってたら

僕に絡んできたのがきっかけ

他のユーザには内緒だけど

宇宙人なんだって

僕だけにチャットを送ってくれた

もちろん僕がわかる言葉で

どうやらこの僕が住む銀河系の

ずっとずっと先

光の速さで換算したら

120万年かかる場所に

彼は住んでいて

でも彼の星の文明は

とて

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『「Nが吹聴しているように、』

『「Nが吹聴しているように、』

ゴルフなんてやりたくないのに

上司に半ば無理やり

クラブは貸すし

家まで迎えに行く

もちろん全部タダでって

なぜだか俺は気に入られている

仕事でも目をかけてもらってるから

無碍にもできない

机を並べている同期のNは

出世欲があるのかなんなのか

ゴルフだって

好きかどうかはさておき

やる気があるみたい

だけど上司には

声を掛けてもらえないようで

俺はNから妬まれて

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『やめといた方が良いと思うよ』

『やめといた方が良いと思うよ』

バイトの帰り

雨が降っていた

つい下を見て歩くのが

俺の癖

濃い緑色の厚紙が一枚

かろうじて濡れずに

路地の軒先に落ちていた

興味本位で拾ってみれば

名前も知らないバンドの

ライブチケット

額面は俺の時給より高くて

日付はちょうど休みの日

これも何かの縁かなと

行ってみることにする

アパートの鍵を開ける

缶チューハイを開ける

タブレットをいじる

音楽のサブスクをい

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『それだけの価値があるのか』

『それだけの価値があるのか』

暑い

暑すぎる

目覚めてまず思ったのは

尋常ではない気温の高さ

暑い

暑すぎる

これも地球が温暖化したせいなのか

明らかに50年前とは

夏の有り様が変わっていて

時を同じくして

コールドスリープに入った友人に

連絡を試みる

やはり私と同様に

節電とやらのせいで

空調を落とされて

身体の覆いが溶けて

冷凍睡眠も解けて

話が違うじゃないかと

業者に怒鳴りこもうと思っ

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