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#日記

空壜

空壜

路地の奥、無数の役割のないパイプの奥

そのドアを開けて、さらに奥、

勤勉に廻転する室外機の上に佇立するのは、

すべての夜とすべての朝陽の、

〈時間〉をもつ透明な王―

そこに立つ、ということのみごとさを

容易に跳ね返しながら、

峻厳として、存在しない。

認識とかかわる存在をすべて否定の閾値にくりいれ、

かれは〈無〉さえも関数にする。


狭隘な路地裏はそれでも宇宙である。

一つ

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揺曳

揺曳

 交通整備の赤い誘導棒が遠い闇に揺れていた。何かが呼吸する。暮れゆく都市の、無数の箱たち。呼吸した。夜の予感が隙間風のようにガラス戸を浸潤する。また何者にもなれないまま、秋がやってくる。それは悲しみというにはあまりに浅く、後悔というにはあまりに遅い。おれたちは時間という速度の中で公転する。おれたちの球面の上には、名状しがたいどぶ色の感情の星雲が渦巻く。雲を突き抜ける強さもなければ、爆発する度胸もな

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#1 いきたい場所

#1 いきたい場所

 どこか行きたい場所ある、と聞かれた。まぁ、特に思いつかんなぁ、と気のない返事をした。思えば、あの時言ってしまえばよかったかもしれない。おまえのいる所が、つまり私の行きたい場所であると。どこにも行かなくていい、そこのソファに掛けて、じっと抱き合っていたいのだ。雨の音に紛れて見える幻がある。どこかへ行ってしまったおまえを追う私の影に、しんしんと雨はやさしく雫をおとす。背中に感じるあたたかな温度は、君

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海の立像

微細な、あおい闇が蔽い、逃げたいひとりの霊が、海底から立ちのぼり、神妙にして海面は撥ね、星が数えられ、錫箔のように、夕陽が敷衍され、物理学が禅譲し、光り、ただあおい闇だけが残る構造だけ。

乱反射したするどい錐が、眼球を刺し、天井を貫き、山際へ向かい、そこでは比喩が〈リアル〉であり、どこにもない蒼さだけを求めた、かなしき求道家の棲む、耐えがたく屹立する崖のような孤独がある。

いま

バイブレーシ

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[詩?] 偏在する月曜日

[詩?] 偏在する月曜日

 僕は君を抱きしめたつもりだったのだけれども、君は最初から存在しなかったんだね。溺れる者がいて、救われるものがいて、どちらでもない僕がいる。クラウドサービスみたいに、あてどのない思いたちが集まって、それには「青春」という名前がつけられた。この世は地獄や天国と同じように階層構造だよ。ヘドロのような色の河川の水面に浮く油の虹。分子構造のプリズムの中。そんなところにだけ生きてみたい。

 しっかりと地に

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[詩]五月に

[詩]五月に

雨と光の間隙に 皐月しずかに去りてなお

海風に春の 未練あり。

鳥の呟き彼方此方に 木々の翠を駆け巡り

山風に揺れる 木漏れ日のかげ。

風のあなたの 遥かな丘へ

白昼夢のごと 胸をひらいて。

自選短歌三首

 もうすぐnoteを始めて一年。むかし作った短歌を今、見てもらいたいなと思いました。まだまだ下手ですが、丁寧に日常を観察して、想像して、言葉を尽くすことができればと思います。

常温のミルクティー捨つシンクには春いちめんの人の群生

蝶は翅と胴体と翅に分たれて道の端ゆく黒き葬列

生きることは上を向くこと雛鳥の眼あたたかき曇天を指す

 ご感想・選評などなんでもお待ちしています。見ていただいてあり

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虹を探す

 海辺で、山際で、異国で、雲間に虹を探すのは至極当たり前のことだとおもう。君のちいさな手は歩きながらも常に虹を描き、その奔放な軌道に光が収斂する。それは一瞬のことだったけれど、ぼくに一種の啓示をもたらす。人間はたくさんの光に編まれた虹だったのかもしれない。色とりどりの塩基対の織りなす、光の錯視。魅力的な極彩色のカーブとして人間として形象をなしている、君。

 僕が探している虹は果たして過去に見たも

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断章

 メディアが撒いた物語たちの断片が僕の内側にたくさん突き刺さっていて、ことばが阻げられているような気がするんだよ。今起こっている全ての議論を収斂するとメディア論になるんだって話、したっけ。あなたを僕はここからこうして液晶で見据えているけど、だんだんとあなたの輪郭がぼやけてくる。あなただけじゃなく、風景も、空気も、ゆがんでくる。あなたは実は何を見ているのかわからない。僕はあなたを見ていると思っている

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「醒酔」

眠りの中には、深い夜の原生林。

水中花のように、事象は浮かぶ。

人間の中には、群生する無数の手。

欠乏をもとめる、ひたすらな叫びたちの羅列。

詩文のなかには、まだ見ぬ彼方への想念。

仄かに、けれど確実に呼びかける声を潜めて。

織物

織物

風景は折りたたまれる。

時間と、人物と、そして言葉とともに。

けれどそれは墓標ではなく、

なお生きているうねりである。

わたしたちの心を織りなし、

わたしたちに折々の想い出を見せてくれる。

少しずつ織物を編む。

彼の言葉が、彼女の面影が、

消えない確かな感触をもって、

あざやかな色とりどりの糸となって、

編まれる。綴られる。

虹を架けるように生きる。

地球をすっぽり覆うよう

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#42 霧

たくさんの眠りたちの 泥のように重たい

霧を 切り裂いて 自動車は

進む かれらの

無数の夢を蹂躙しながら 深く 遠い部屋を

めざして。

運転手はタバコに火をつけ 前を向いている

けれど何も見ていない 彼は。

夜の眠りの霧の中を ぼうっとした灯りだけが

静かによぎってゆく

その あとから 刹那に

クラクションの大音量が

うち響いてくる 確実に、

しずかに。

#40 花火

黒ずんだ泥濘のなかから 一人の死者が咲いた

花のようにあでやかに それは見事に死んでいた

教会堂の石櫃のごと それはうららかなる明度

「花」か「死体」か ラヴェルは迷い

そして壜には 「花火」とつけた

#34 まわる

#34 まわる

 コインランドリーの大きな洗濯機の窓たち。柔軟剤の香り。流れてゆく時間。LED電球の過剰な明るさ。待合椅子。洗濯機の規則的な駆動音は輪唱となって、しずかに空気を揺らす。人々の暮らしは、色とりどりの渦のなか。洗濯機の円い窓の奥のほうに、わずかな暗がりがあり、そこにはほのかに悲しみが淀んでる。夜に浮かぶ小さな小舟の中で、動力部のように、それはまわっている。まわってゆく。

 生活はまわる。きょうも。き

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