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死魚

死魚

戻ることのない夜の一隅に 鈍色の死魚の眼が巨きく
病んだ日々をしずかに見つめている
突堤のあちら 送電線が絡まり
黒い鏡面に反射して揺れる無数の窓
銀色の体表の 罪なき漂泊のたましいが
しずかに水面から遠ざかる標的となって
灰色の都市へ沈下する
死魚は音もなく沈みゆく

夥しい手の群れを載せ
光の舟が過ぎる
母の腕の裡の赤子が 不思議そうに
生命の指先で 死魚にふれる
そのとき
死魚の奥行のない眼

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空壜

空壜

路地の奥、無数の役割のないパイプの奥

そのドアを開けて、さらに奥、

勤勉に廻転する室外機の上に佇立するのは、

すべての夜とすべての朝陽の、

〈時間〉をもつ透明な王―

そこに立つ、ということのみごとさを

容易に跳ね返しながら、

峻厳として、存在しない。

認識とかかわる存在をすべて否定の閾値にくりいれ、

かれは〈無〉さえも関数にする。


狭隘な路地裏はそれでも宇宙である。

一つ

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[詩]虚空の軍列

[詩]虚空の軍列

脱落した腕たちの骨を
音なくきしませる揚力を
振り翳す条件で
男の背後に黝く
ひらめくような人人の列
右のものから消えかかり
漸く輪郭をもつひだりの一人
起き上がりざま
耳をふさがれ
眼といえば
透明な釉薬に浸され
前頭葉の海底の花畑には
精悍なる蓋然性が樹木のように佇立し
明滅し
生成
しながら浮かんでいる

 「どうしてか、おれたちは
  おれたちではいられぬか」
 火箭のような問いかけを
 

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四画

四画

最初は雨だったか 今は濃霧にけぶれる都市の 灰色の空気を閉じ込めた壁画にて 死の論証は完了していた 

夢のなかに 繋留された頭蓋骨たち 肖像画は無惨に 夕焼けのごと切り裂かれた 彼は音をたてず溺死し 彼女の銃弾は空に放たれたまま 戻らない
 
動くものが 動かなくなったときの たえない静物画 限りない過去の集積が 明るいにび色のひかりを灯し 見る者の眼 眼を空に描く

歴々と積み重なる われ

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揺曳

揺曳

 交通整備の赤い誘導棒が遠い闇に揺れていた。何かが呼吸する。暮れゆく都市の、無数の箱たち。呼吸した。夜の予感が隙間風のようにガラス戸を浸潤する。また何者にもなれないまま、秋がやってくる。それは悲しみというにはあまりに浅く、後悔というにはあまりに遅い。おれたちは時間という速度の中で公転する。おれたちの球面の上には、名状しがたいどぶ色の感情の星雲が渦巻く。雲を突き抜ける強さもなければ、爆発する度胸もな

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#9 言語の幽林

#9 言語の幽林

石の段丘はつづき
追憶のほか視覚的な森の神域
落葉たちの集団的自我が
頭痛のまえにはしる閃光を予兆する
マグカップに貼りついた
固形のミルクティーを爪ではがすとき
そうしてミルクティーの色と匂を爪は
ありていに遇する

知るといい
どこにも連続しない小箱の内側で
毎日なにか奇特なことばたちが連続して爆発する
弦楽器の残響のような夢のなかで
偲ばれた在りし日の魚たちが
いっせいにうごめき立つ 
「あ

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#1 いきたい場所

#1 いきたい場所

 どこか行きたい場所ある、と聞かれた。まぁ、特に思いつかんなぁ、と気のない返事をした。思えば、あの時言ってしまえばよかったかもしれない。おまえのいる所が、つまり私の行きたい場所であると。どこにも行かなくていい、そこのソファに掛けて、じっと抱き合っていたいのだ。雨の音に紛れて見える幻がある。どこかへ行ってしまったおまえを追う私の影に、しんしんと雨はやさしく雫をおとす。背中に感じるあたたかな温度は、君

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[詩] すべて消滅する恋愛のために

[詩] すべて消滅する恋愛のために

恋愛は消滅する。誰も気付いていないか、気づかないふりをしている。それは悲しいことでもないが、うれしくもない。閉じられた恋愛たちを供養する人はいない。挽歌はうたわれず、通夜もない。岬の灯台の下のフェンスに結ばれた南京錠は、ふたりの名を刻んだまま。時と風とが午後を均していった。

恋愛は消滅する。けれども人は、恋愛を求める。漁火のごと、夜の海にこうこうとあかるく。海の暗みに、夥しい無数の手の波。それは

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街の眼

街の眼

ここは街
人々は前を見ない 歩かない
火葬場と飲食店と
煙草の煙が空に打ちあがって
霧散する一秒に
きみは撃たれた仔鹿のような
せつない眼をひからせ

ここは街
感謝するのは
迷惑メールと店員だけ
有機から電気へと人間は形を変え
通信する一瞥へ
きみは海底の暗みのような
せつなく緑の眼をひからせ

はつ夢

はつ夢

原初から波うつ血のような脈絡のうえで

意味と物語が

わたしたちを

置き去りにした

わたしたちはゆえに

泣くことしかできなかった

そう

どれだけ強く抱き合っても

ひとつに“なる”ことは

叶わなくって

それゆえ分かたれているのだとわかった

ちいさな白い紋様をもつ鳥と大きな空

空間と空間を切り裂く身体

わたし きみ

解像度とフラクタル

地に落ちたくつした(これまた美しい色を

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[詩] 罪状

[詩] 罪状

クリスマスになったら死のうか、
恋人がうなずいて
終りの練習がはじまる
得るものなんてなくて失ってゆくものの重さが日々のくりかえしに荷重してもう「耐える」なんて毎日使う言葉だし特段嬉しくも楽しくもなく寂しいと殺してやると悲しいが音もせず積もってゆく満たされないとかじゃない誰が悪いとかじゃない懶惰と飽食が押し寄せて押し寄せてその矛先が部屋をいっぱいにしてどこからも声感情のノイズのようなけれども意味の

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海の立像

微細な、あおい闇が蔽い、逃げたいひとりの霊が、海底から立ちのぼり、神妙にして海面は撥ね、星が数えられ、錫箔のように、夕陽が敷衍され、物理学が禅譲し、光り、ただあおい闇だけが残る構造だけ。

乱反射したするどい錐が、眼球を刺し、天井を貫き、山際へ向かい、そこでは比喩が〈リアル〉であり、どこにもない蒼さだけを求めた、かなしき求道家の棲む、耐えがたく屹立する崖のような孤独がある。

いま

バイブレーシ

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盲目と剣

盲目と剣

すべての少年の片手には
剣があった
少年たちは剣の意志をくみとり
あるときにはとんでもない喧嘩を
許されざる盗みを
または義侠を
あるがまま行った
剣もまた少年に
無謀さに似た
ものをあたえた
考えなくとも
すむようにと

愛をやがて
少年が欲するとき
剣は地表へ深く刺さり
その柄と鍔には
永遠ともつかぬ亀裂が走るだろう
少年は少年の肉体を捨て
ガードレールの下を抜け
住宅街の宙天をはしり
木々を

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あの一点へ

捜すという行為は 見えなくなった
ものを、ある というように
解釈する行為である
遠く踏みしめた海のうへの
不確かな感触で追憶のなかにあるその
一点を
私は捜しながら

みずからのかたくなさが
投げさせたもの
棄てさせたものの
ひとすじ澄んだ重さ
過去からせまって来る
あきらめに似た悔悟

吐き出したいものを
飲みこんで
仕方なく積みあがる日々の谺
抱きしめたいものを
突きはなして
やるかたなく滲

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