見出し画像

#1 いきたい場所

 どこか行きたい場所ある、と聞かれた。まぁ、特に思いつかんなぁ、と気のない返事をした。思えば、あの時言ってしまえばよかったかもしれない。おまえのいる所が、つまり私の行きたい場所であると。どこにも行かなくていい、そこのソファに掛けて、じっと抱き合っていたいのだ。雨の音に紛れて見える幻がある。どこかへ行ってしまったおまえを追う私の影に、しんしんと雨はやさしく雫をおとす。背中に感じるあたたかな温度は、君への追慕がもたらした残響だった。割れた鏡の破片のような鋭さで時に過去は立ちあがり、その美しさゆえに自傷する。どこか。いきたいばしょ。声は反響する。すべての空間は死に、おまえだけが残る。ひとつ、生きたい場所なら思いつく。