私が創る博物館(ないし類似施設)レポート
博物館の経営において現状から未来へかけての最大の問題は、どのようにしてその 「専門性」と「経営持続性」と「地域社会とのつながりの醸成」の、これらすべてを 高いレベルに維持していけるかではないかと考えます。この3点は、現代の博物館に 不可欠の要素で、専門性だけなら閉ざされた国立の研究機関でもよいし、経営持続性 だけならテーマパーク事業者に任せたほうがよい。高い専門性があり、経営持続性が あり、なおかつ一般人に開かれていること、特に地域社会の人々と近しい存在である こと、この困難とも思える3点を鼎立することは、もはやただの理想ではなく、今後 の博物館経営において現実的に喫緊の課題である。少なくともその努力をしていかな い限り、地域社会の理解も得られず、その結果として経営も人材もギリギリのままで は、専門性すらも維持することができなくなることは十分に予想される。たしかに非 常に難しいが、なんとかこの3点を実現できる博物館を考えてみたいと思う。
集客の多い博物館といっても、おそらくはちゃんとそこのイベントを把握してわざ わざ来てくれているはずである。ということは、そもそもそのイベントなり博物館な りがすでにある程度注目されている状態にあらかじめしておかなければならない。し かしそれがまず難しいと思う。そこで、そもそも勝手に人が来そうな施設と博物館を 融合する方法はないかと考えた。例えば、現代はグルメ全盛期である。本気のおいし い料理で有名なところに行きたがるので、そこに博物館を融合する。融合というの は、単にレストランの横に博物館を作るわけでも、博物館にカフェを作るわけでもな い。ふたつの機能をほぼ同時間帯に充実することはできないだろうか。そういうふう に考えていて、もっとどうしても来ないといけない場所はないか。例えば、市役所な り区役所は、たまに定期的に行く必要があるが、必ず待つし、たまたまの都合で無駄 に非常に待つこともある。だったらそういう機能と博物館を融合させるのはどうだろ うか。しかも、役所と融合すれば、経営母体は原則通りの自治体である。そこでこの ような名称を付けてみた「美術館役場、ときどき料理」。
なぜ急に博物館ではなく、美術にしたかというと、ここまでのテーマが、もともと 目的として来ていない地域住民に開かれた、きっかけを与える存在であることを考え たときに、万人に可能性のある博物的な対象が思いつかなかったので、いっそのこと 美術を思いついた。美術は、言葉で「アート」などというと小難しく感じるが、実際 のアートは様々な意匠を持つもので、むしろ一定の属性を持たないのがアートの特徴 だと思う。あるいは、役場の申請はだいたい時間がかかるので、そういう意味でも、 アートと向き合うきっかけに、あの無駄な時間を使うことにむしろ興味がわくだろう と思う。定期的にあるとはいえ、たまにしかない役所の時間はある意味で非日常であ り、その非日常に、アートという一般的には非日常な時間をぶつけるのは、ありうる ことだろうと思う。ただしアートの問題点は、特定のテーマに沿うと、どうしても特 定の偏りが生じて、万人のきっかけになりにくいことにある。役所に来る不特定多数 に、どこかごく一部でもひっかかることが重要となる。もちろん、興味のない人は、 いつもどおりスマホを見ていればいい。それを強制することはできない。しかし何度 か役所に来ているうちに、いつものTikTokよりも、見てみようという気になるかも しれない。展示する美術は、わざわざ日本の自治体で殊に地方の役所に置くのだか ら、日本美術展(日展)や、もっと新人作品の多い二科展などの最新の入賞作品が良 いと思う。いろんな傾向とジャンルの作品を見ることができるし、毎年新しい作品に 接することができる。もちろん、アートショップは充実したラインナップになる。毎 年、新しい絵画や造形のモチーフを、製作者の許諾とロイヤルティのもとに、キャラ クター化すれば、おそらくバズる。設計者の工夫で、おいしい料理も融合的に出る。 そのためだけに役所に来てももちろんよい。設置者は、もちろん地方自治体。経営形 態について、指定管理制度はいわゆるアウトソーシングの一種であり、どれだけ緻密 な管理にするかによって成否は分かれるので一概にダメではないが、役所の意識も大 きく変化している現代では、できれば役所の主体で経営し、適度にコンサルを受けて 改善するのが良いと思う。設置目的は、地域住民とアートの親和と、敷居の低い来た くなる役所機能の充実である。立地は、その自治体の都会度合にもよるが、地方では 絶対に都心部にないといけないことはなく、むしろ、どこかの駅の近くであれば、少 し郊外の方が、車のアクセスが便利であったりする。この館は、もっとも市民に近い 美術館として、専門の学芸員はいるが、役所ではいまだに子供を預かる機能がなかっ たりするなかで、子供に美術を教えてあげるなど、むしろ基本的な機能の充実が期待 される。私個人だけでなく、今回の多くの受講生が学芸員資格志望ではないと 思われるので、わたしとしての関わりは、おそらく地域社会に住み、地域社会を愛す る一個人として、毎年の区役所での美術展を楽しみにすることになるだろうと思いま す。