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消雲堂綺談

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私は怪談奇談が好きで、身近な怪異を稚拙な文章にまとめております。
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#妻

散歩

散歩

夫婦で散歩していた。季節は初夏、穏やかな晴天で、散歩をするには最適な日和だった。

僕はもう60歳を越えているが、妻はいくつだったっけ?忘れてしまった。多分、僕より2~3歳年下だったと思うが、はっきりしない。子どもができなかったからだろうか? 妻は今でも若々しい。

「疲れたか?」妻は歩くのが遅く、遅れないように、たまに僕の後から小走りで着いてくる。その姿が昔から可愛らしくて好きだ。

妻は「大丈

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妖の間(あやかしのま)終

妖の間(あやかしのま)終

理恵と翔太と真理は談笑しながら妖の間に戻ってきた。

「いい風呂だったね。湯船にお父さんがいるみたいだった」翔太が言うと理恵が笑った。少し寂しそうな笑顔だった。

「お前たちは20年前にお父さんとここに来たことを良く覚えているんだね。湯船の中で溺れたお前が見えなくなってさ、お父さんが慌てて必死になって、湯船の底に沈んでいたお前を助け出して…」

「うん、覚えてるよ…って、うろ覚えだけどね。あのとき

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夜の郵便配達「一周忌」最終回

夜の郵便配達「一周忌」最終回

4.

それからしばらく妻と歓談した。楽しかった。二人が出会ったときのことから妻が病気になるときまでのことを話した。たった数時間のことなのに妻と一緒に生きてきた時間が走馬灯のように蘇った。

「時間が経つのを忘れそうだよ」僕が言うと、妻は屈託のない笑顔で「時間ってね、1秒も100年も実は変らないのよ」と呟いた。

「どういうこと?」

「それは、あなたが死んだときにわかるわ」また笑った。

近所の

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夜の郵便配達「一周忌」2

夜の郵便配達「一周忌」2

3.

「え、何でだよ?」

「ミーの寿命なのよ」

僕は驚かなかった。ミーは16年生きた。寿命なのだ。寝たきりのミーを見ているのも辛かった。それでも死んだ妻の愛猫だから、死んでほしくはなかった。妻が死に、ミーも死んだら、この世にひとりぼっちになってしまう。僕にも妻にも親しい親戚もいないし、友人や知人もいない。

「寂しくなるわね…」リビングのソファに腰掛けた妻が胸に抱いたミーを撫でながら言った。

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夜の郵便配達「一周忌」1

夜の郵便配達「一周忌」1

1.

午前1時を過ぎていた。

妻が大事にしていた猫のミーが僕の顔を見つめている。

「どうした?」と言うと「ニャア」とひと鳴きして、自分の寝床から玄関に向ってヨロヨロと歩いて行く。

ミーは、1年前に死んだ妻が可愛がっていた猫だ。今年で15歳になるが、妻が死んでから元気がなくなった。妻が死んでから極度の鬱状態になっていた僕は、ミーを獣医に連れて行く気にもならなかった。そのうちに寝たきりの状態に

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死に逝く者「手紙」

死に逝く者「手紙」

以前勤めていた会社の元上司Mから送られた手紙を水道橋の神田川に捨てたことを思い出した。妻が乳がんの摘出手術をする前のことだった。手紙の主であるMは、僕が所属する業界新聞の副編集長だったが、大阪生まれなのに要領の悪い人で、定年過ぎまで長く会社に勤めた後に肺がんを患い、埼玉県にあるがん病院に長く入院した後、あっけなく死んでしまった。

そのMが肺がんで入院したと聞いたが僕は見舞いに行かなかった。当時、

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永劫回帰プリンタ

永劫回帰プリンタ

ある日、妻が帰宅すると財布から1万円札を3枚取り出して見せた。

「お、大金じゃん、どうしたの?」

「半年前にさ、道で拾った3万円を交番に届けたって言ったじゃん」

「あ、そうだっけ?」

「さっき、交番の前を通ったら吉田さんに呼び止められてさ…」吉田というのは交番の警官の名前で妻の幼馴染でもある。

「落とし主が現われなかったからアタシのものになったんだってさ」

「へぇ~ラッキー!」

「ふ

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