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ものがたり

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#つぶやき

驟雨前

驟雨前

 雨の匂いがする。
 アスファルトの上で行儀よく手を揃えた猫が、薄桃色の鼻の頭を空に向けて目を細めていた。わたしも同じように空を仰いで、目を細めてみる。雨の匂いと、生ぬるい風。角が取れてまるくなった風はどんなに吹いても痛くはなくて、けれどその柔い肌触りが無性に心を引き攣らせた。火傷の痕を指で撫でたときみたいに、痛そうなのに、痛くはないんだという発見はもう何度目かのものだと思う。
「楓?」
 バカみ

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花緑青

花緑青

躊躇わず齢五つで「しぬこと」が怖いと書いた手に緑青の
.
まずは現実を受け止めるというところから全てが始まるというのなら、わたしたちが最初に知るべきは死ということではなかろうか。生命は須らく死に向かう。ならばそれを見つめず何を知ることができようかと、ふと思う。

人間として生命としての大元のそれらを意識的に受け止めるということを、わたしたちは日頃行わなさすぎる。それらを視界の隅に遣り、生きること生

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有象無象

有象無象

世界なんてものはひどく退屈で曖昧で、分かりやすい絶望も希望もあったもんじゃない不幸に満ち満ちている。日本人には不似合いな金髪に染めあげた髪は人形のそれみたいに感情を持たず、ツクリモノみたいなその温度はほんの少しだけ僕を救う。やわらかな黒髪なんてのは、きっと僕ら人間の最大の罪。

どこに行けるわけでもないのに、既に一日を終えようとしている街に出た。人生の何千分何万分の一の今日をどうにかして引き伸ばし

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vanilla

vanilla

黒い影が僕らを呑んだ。絶望とも恐怖ともつかないそれは単なる不安とも異なって、僕らから声を奪った。

誰のことももう信じられないと思いながら生きていた君に、僕があげられたものは一体何だったのだろう。それから、本当はあげるべきだったものは、一体何だった?

トーストの焼ける匂い。珈琲にミルクが溶けていく渦巻き。冷蔵庫でちょっと硬くなってしまったゼリーみたいな安物のジャム。

本当はそんな小さな、何てこ

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スロウ

スロウ

夜の匂いを吸い込みながら、腕時計の秒針と心音の類似性について考えていた。
眼帯でふさがれた片方の目は、真白なものを見ているはずなのに何にも見えない。清潔なシーツと、新品のガーゼに包帯。ぴんとしたものを身につけると、ほんの少しの自尊心をくすぐられるから不思議だ。
新しいパジャマを着ると違った自分になれたみたいな気持ちになる。知らないベッドで、真新しいパジャマに袖を通す瞬間。それが一番きれいな自分で居

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白昼夢

白昼夢

もう二度と会えない人がいる。
いつか交わした言葉を思い出せずにいたわたしの夢の中で、彼女が手を振ってこういった。「うそつき」。笑っていたようにも思うし、怒っていたようにも思う。わたしは彼女に何か嘘を吐いていたんだっけ。思い出そうにも、今となってはもう白い薄靄のかかった記憶ばかりが浮かぶ。

彼女のことを、忘れかけている。
最後に会ったときの彼女はどことなく疲れているようだった。昔からそんな感じの、

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四角い箱の真ん中のまんまるな夜の隅っこで

四角い箱の真ん中のまんまるな夜の隅っこで

誰もいない夜の道路が好きだ。真ん中を歩くと、時間が止まっているような気がする。

わたしは人生の真ん中にいた。ビジューつきのハイヒール。腐るほどに長い駅のホーム。点字ブロックに引っ掛かってガラガラとキャスターが鳴く度に死にたくなった。もう全部を投げ出して、ここから消えてしまえたらよかったのにと、そう願うわたしは夜の隅っこにいる。

———
いつかのわたしのスマホメモから。安易な希望をつけたして。

欠片

欠片

空と海って似てるね。
とろむ空に、さっきまでなかった小さな光をみつけて、
一番星をみつけて、思わず泣いた。

豆電球の灯りみたいな光の粒にどうしようもなく泣けてくる。
長くなった煙草の灰がぽたりと落ちた。

———
2016.06.14 スマートフォンのメモより
明け方だったのか、真夜中だったのか。と思ったら19:44だった。

いつかの話

いつかの話

自分一人では歩けないと思っていた道を、手を引いて歩いてくれる影があった。

それはいくつもいくつも重なって、ゆるやかにえいえんにわたしの手を握ってくれた。

けれど、それじゃあだめなんだって。

一人で歩けなくちゃ意味が無いんだって、わたしは言った。

影は離れなかった。

わたしには、手を離す勇気がなかった。

手を離すくらいなら、繋いだまま腕を切り落とす方がましだと思った。

そのまま死んでし

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ハッピーエンド

ハッピーエンド

透明な蜻蛉を抱いて、笑う少女がいた。

夏の青い空に照らされて、地面から雨のにおいはすっかりと消えてしまったらしい。青い鳥を肩に乗せた少年は、仄暗いトンネルの向こうへどんどんと進んでいく。



ぎざぎざに割れた空き瓶の欠片で、僕たちは緑色の血液を作った。流し込む先には、もう既にきらきらした音が待っていると知っていた。

透明な蜻蛉は日向に揺れて、もう誰も笑ったりはしなくなるけれど。



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ペールブルー

ペールブルー

何者でもない人の声を聴きたいとおもった。

何者でもない誰か。

だけど確かに息をしている人。

やさしくて、臆病で、月の匂いがするあの子は

今どこで、誰の隣で眠っているんだろう。

天の川を溶かしたら、

夏の終わりにきみに会えるかな。