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⚫︎奈良の似顔絵⚫︎盧舎那仏坐像@唐招提寺、金堂
[Global NARA] 2002 No.19盧舎那仏で有名なのは奈良の東大寺の大仏。また現存はしないが、現在、大河ドラマでちょうど出てきた豊臣秀吉が発願した、京都の方広寺大仏も盧舎那仏だったそうだ。
鑑真が開いた唐招提寺。南門から入ると正面にある金堂の大きさに感動する。階段をのぼり柱の間を覗くように拝観。残念なのはお堂の中に侵入できないように、網がはられていること。距離を感じてしまうが、眺めて
⚫︎奈良の似顔絵⚫︎菩薩半跏像(伝如意輪観音)@中宮寺
[Global NARA] 1999 No.14本来のこの像は漆黒です。1999年のイラストですが、当時この像について調べれば調べるほど「慈悲」というコンセプトを表現するのに、真っ黒のお顔にすると、どうも腑に落ちない感じになったので、この像のイメージを重視してこのような色に仕上げました。
また、この像については、亀井 勝一郎は『大和古寺風物誌』で、次のように書いている。
(青空文庫でも読めると
⚫︎奈良の似顔絵⚫︎広目天from四天王@東大寺戒壇堂
[Global NARA] 1998 No.12保存修理と耐震化工事で停止していた戒壇院戒壇堂(県指定重要文化財)の拝観が再開されたので、先日改めて訪問しました。
今はもう、海外の観光客であふれる東大寺だが、裏から回って戒壇堂を訪れると、ここはとても静かで先客はおらず一人で参拝できました。
正面には小さな多宝塔、その中には多宝如来と釈迦如来。その周りを四天王の増長天、広目天、多聞天、持国天が取り
⚫︎奈良の似顔絵⚫︎救世観音像@法隆寺夢殿
[Global NARA] 1999 No.13明治政府から関西古社寺調査団の顧問に抜擢されたフェノロサが、夢殿を開扉し、救世観音像は2000年ぶりに姿を現した。
法隆寺のある斑鳩町の隣の村で、わたしは子供の頃に育ちました。こんなに貴重なお寺とも知らずに過ごしていました。自転転で遊ぶ頃には、出かけるのにはちょうど良い距離で、スカスカした風景が今も懐かしい。
また3月の聖徳太子のご命日に、その遺
⚫︎奈良の似顔絵⚫︎十一面観音菩薩立像@室生寺
[Global NARA] 2001 No.18女人禁制の高野山の金剛峯寺に対して、女性に開放されていたから「女人高野」と呼ばれた室生寺。
かつては龍王寺と呼ばれ、古代の水神信仰と深く関わってきた。近くには水の神、竜神を祀る「龍穴神社」があり、室生口大野駅からは吸い込まれそうな静寂の滝や「龍鎮神社」の渓谷地帯を歩くハイキングコースもある。
今見える事柄は一つだか、歴史は階層になっていて、レイヤ
⚫︎奈良の似顔絵⚫︎役行者(えんのぎょうじゃ)
[Global NARA] 2000 No.15
この役行者の絵は2000年のものだが、それより昔、奈良の盆地で生まれ育ったので、子供の頃の距離感では山は遠くの存在でした。なので、どちらかというと空海・お大師さん(おだいっさん)の方が身近で、村にはお大師さんを祀る行者(拝み屋)さんもおられました。が、大人になって近畿を色々と観光すると、必ず役行者に出会います。
役行者ゆかりのお寺をめぐる「役行者