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サボー・イシュトヴァーン『Lovefilm』初恋の"幻想"が呪縛に変わるとき

超絶大傑作。黄金時代の終焉から次の時代に向けて新たな作風を模索し始めた1970年付近にはハンガリー映画の中でも傑作が集中しているように思える。例えば、ファーブリ・ゾルタンThe Tóth Family(1969)、Gaál IstvánThe Falcons(1970)、マック・カーロイLove(1971)、フサーリク・ゾルタンSinbad(1971)など、私がハンガリー映画の中でも大好きな映画たちがこの3年間に集中している。一方、サボー・イシュトヴァンの作品は後期の有名な作品である『メフィスト』『連隊長レドル』しか観ていないが、やたら長いし退屈なお文芸映画にしか見えなかった。ということで本作品はぶっちぎりのサボーベストであり上記のハンガリー映画オールタイムベストにもランクインするよ、これ!

第二次大戦期から現代に当たる1960年代後期に至るまでを、何重にも重ねられた回想の入れ子構造を意識の流れのようにサブリミナル的に挿入することで描いている。パリとブダペスト、場所も時代も違えど人間に対して乗り物や建物などは同じ定義で迎えられ、ブダペストで過ごした少年期と現代の青年期を乗り物や建物で繋げていくのだ。しかも、記憶では音楽やセリフが曖昧に扱われていることもあり、一層回想であることを強調する。加えて、ヌーヴェルヴァーグ的なジャンプ編集、唐突な第四の壁の破壊など実験的な要素も多く含んでいる。非常に好み。

青年ヤンチがニヤニヤしながら"これからパリに居る幼馴染のカータに久し振りに会いに行きます"と言って過去を回想し始める。するといきなりブランコに揺られながら"やーい、お前の父ちゃん死~んだ!!あたしの父ちゃん生きてるも~ん"と叫ぶ少女が映されて、これがカータだというのだ。なんとも衝撃的なオープニングじゃないか。ヤンチとカータは初恋の相手で、二次大戦期の子供時代はまるで姉弟のように、いつも一緒にいたのだ。周りからからかわれつつも気にしないで、二人は成長する。しかし、ハンガリー動乱によってカータは家族と共に故国を去ってしまった。

二人の関係を、二人の間で揺れ動く手で表現したシーンが多く登場する。子供時代は冷やかされて思うように進めなかった恋愛がハンドルの上でくっついたり離れたりする二人の手で象徴され、青年時代は二人で手を繋ぐ/繋がないを繰り返す感じに双方の心が微妙に離れつつあることを暗示する。

映画の始まりが衝撃的であるのと同様に、二人の再会もまた衝撃的である。ヤンチはカータの不在宅で勝手に風呂に入り、帰ってきたカータはその場で彼の髪を洗ってやるのだ。久方ぶりの再会を楽しむ二人。思い出の歌としてスターリンを称える歌を合唱したり、フランスに亡命したハンガリー人のコミュニティに参加してみたり、海に行ってみたりして三日間のパリ滞在を楽しもうとする。サブリミナル的な記憶も順を追って思い出すことで点を繋げて線になっていく。

この亡命ハンガリー人のコミュニティは結構興味深い。彼らは"誰もハンガリーになんか興味を示さないさ"と自虐的に言って、ハンガリーを懐かしんでいるのだ。サース・ヤーノシュ『悪童日記』でも描かれていたが、あれだけ愛した自分の土地を離れざるを得なくなった状況に追いやられても、やはり土地は愛しているんだということを示したんだろう。

しかし、ヤンチとカータの間で過去以上の関係に発展しそうにないことを、双方が理解し始める。子供の頃を思い出していたのは、自分の理想的な恋人だったあの頃を相手に押し付けていたからだった。ヤンチにはハンガリーに恋人がいた、カータにだってこれまでに二人の恋人がいた。10年は長すぎたのだ。互いに"もう無理だ"と思いながらもひた隠しにして、昔の思い出を繰り返そうと魚をバスタブに泳がせる姿に号泣した。

ハンガリーが1956年に失ったものは、自由化が進んでも永遠に取り戻せないんだよ。サボーがそう言っているようだった。

・作品データ

原題:Szerelmesfilm
上映時間:123分
監督:Szabó István
公開:1970年10月8日(ハンガリー)

・評価:100点 オールタイムベスト

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