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フサーリク・ゾルターン『Sinbad』美しき記憶の旅行

記憶とは美しいものだ。デジタルと異なる唯一のアナログ記録機構であり、感情と経年によって常に変動し、歩んだ道を振り返ると一枚絵の如くそこに存在する。本作品は老境に入ったシンドバッドが自らの人生を彩った女たちをフラッシュバックのように必ずしも時系列を追わない幻想的な夢として巡る物語である。このあらすじだけで泣けてくるが、これにゴシック版の『砂時計』(1973)さながらの極彩色を用いたハンガリーの映画であるという二重に嬉しい要素が重なり、私のオールタイムベストに突進してきた作品でもある。

御者のいない馬車に揺られて、目を閉じたシンドバッドが旅立つ。亡くなったのだろうか、眠っているのだろうか。彼は過去の女たちを回想していき、数々の別れを思い起こす。正直内容はこれだけなのだが、数多くの個性的な女たちが登場し、シンドバッドの走馬灯を彩っているのだ。冒頭に繰り広げられる二人の少女によるダンス及びラスト付近に配置される湖でのスケートダンスの映像美が凄すぎて泣いてしまった。

本作品はハンガリーのアヴァンギャルド作家クルディ・ジュラの同名小説を映画化したもので、ハンガリー国内ではアート映画としては異例のヒットを記録したにも関わらず、ハンガリー当局はクルディの小説が外国語に訳出できないことを理由に国外への宣伝を怠った。これによってハンガリー国内では20世紀最高のハンガリー映画12本(下記参照)に選出されるような類の映画であるにも関わらず、諸外国には一切知られていないという奇っ怪な現象が起こっているのである。

本作品の成功によって次回作を期待されたフサーリクであったが、本人が長編映画に興味がなかったせいか長らく長編映画から離れていた。次回作『死海のほとり』はそんな中製作された彼の長編二作目であるが、主演俳優の事故死や度重なる脚本の書き直しによって予算と期待は膨らみに膨らみ、公開されたときに酷評された。フサーリクは再起不能となり、本作品が公開されたちょうど10年後に自殺するのだった。

ちなみに、"ブダペスト12"というのは以下の作品。

ヤンチョー・ミクロシュ『密告の砦』
マック・カーロイ『Love』
フサーリク・ゾルタン『Sinbad』
Szőts István『People of the Mountains』
Radványi Géza『Somewhere in Europe』
ゴタール・ペーテル『Time Stands Still』
Székely István『Hyppolit, the Butler』
ファーブリ・ゾルタン『Merry-Go-Round』
イェレシュ・アンドラーシュ『Little Valentino』
エニェディ・イルディコ『私の20世紀』
サボー・イシュトヴァン『Father』
ファーブリ・ゾルタン『Professor Hannibal』

・作品データ

原題:Szindbád
上映時間:90分
監督:Huszárik Zoltán
公開:1971年11月25日(ハンガリー)
※日本ではゾルタン・フサーリクと紹介されることもある。

・評価:100点

・ブダペスト12 その他の記事

★ ヤンチョー・ミクロシュ『密告の砦』
マック・カーロイ『Love』"純粋な愛"は逆境をも跳ね返す
★ フサーリク・ゾルタン『Sinbad』美しき記憶の旅行
★ Szőts István『People of the Mountains』山岳部の苦しい生活、或いは絶望の"わが谷は緑なりき"
★ Székely István『Hyppolit, the Butler』背伸びをしすぎた成金夫婦
★ ゲツァ・フォン・ラドヴァニ『ヨーロッパの何処かで (Somewhere in Europe)』
★ ゴタール・ペーテル『止まった時間 (Time Stands Still)』
イェレシュ・アンドラーシュ『Little Valentino』ハンガリー、大金は手にしたけれど
エニェディ・イルディコ『私の20世紀』20世紀、それは"映画の世紀"だ
★ サボー・イシュトヴァン『Father』
★ ファーブリ・ゾルタン『メリー・ゴー・ラウンド』社会主義的世代交代と伝説のダンスシーン
ファーブリ・ゾルタン『Professor Hannibal』政治利用されたお人好しな教授


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