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Szőts István『People on the Mountains』山岳部の苦しい生活、或いは絶望の"わが谷は緑なりき"

イタリアン・ネオリアリスモに多大なる影響を与え、デ・シーカやロッセリーニに師と仰がれたセーツ・イシュトヴァーン(Szőts István)の長編デビュー作。第二次大戦中、盛んに製作された農民のありのままの生活を描く"社会ドラマ"の一本であり最高峰。全編ロケ撮影という映像の美しさも然ることながら、その牧歌的でかつ絶望的な話運びは、やはり徹底したリアリズムを感じてしまう。絶望の『わが谷は緑なりき』、或いは『乾いた人生』のような作品である。また、本作品は批評家の選ぶハンガリー映画20世紀ベスト12、通称""

より良い生活を求めて、トランシルヴァニアの雪深い山岳地帯に移住した家族。幼い息子が高熱を出して倒れており、洗礼前に亡くなると天国に行けないことから、父親は神父を探す、という絶望的な幕開け。しかし、神父は家におらず、塩と聖水をもらうも、吹雪の中で塩は失くし、聖水は寒さのせいで瓶ごと凍って割れてしまった。そんな絶望に対して、母親は"棄てないで…瓶も神聖なものよ"と返す。教会からセルフ洗礼用に聖書を借りてきたものの、ロウソクも無ければ字も読めない。やり方が分からないので、自己流で洗礼を施す両親。のっけから絶望的すぎる。

Gergoと名付けられた赤ちゃんは冬を生き延びることが出来た。父親は彼と運命を共にする木を決めて、森や川や隣人たちを彼に見せる。羊飼いが遊び相手にと羊をくれたのには驚いた。子供はみんなで可愛がって育てていたんだろう。山の所有者が工場主に所有権を売り渡してしまったらしく、工場主は山を切り拓くと言った。父親は甘言に乗って息子にいい暮らしをさせるために、高給の森林伐採に力を貸した。森林伐採のモンタージュが簡潔で美しい。

工場主に目を付けられてしまった母親は、父親がいない隙に襲われ、抵抗した際にオイルランプが落ちて家が全焼してしまう。母親と息子は命からがら逃げ出すも、母親は体調を崩しがちになってしまった。聖母マリアも教会も医者も彼女を救えず、短い闘病生活の末亡くなる。医師を求めて辿り着いた都会の角に、文字も読めない算数もできない父親が残される。自宅に棺ごと連れ帰るのには手持ちのお金の10倍近い金がかかるため、父親は母親の亡骸と共に電車に乗って彼女を連れ帰るのだ。乗客は皆気付くが、父親に同情して攻めたりはしない。

父親が母親の亡骸を抱えて山を登る印象的なシーン。全体としては10秒ほどもないんだが、雄大な自然や燦然と輝く太陽の光の中で、たった一人絶望した男が最も愛していた"もの"を抱えて家に戻る姿の悲愴感。絶望した父親は全ての元凶である工場主を殺し、懲役10年の刑に処される。同僚たちは裁判所に赴いて減刑を訴えるが"法律は法律だ"と足蹴にされる。クリスマスの日に脱走した父親は撃たれて亡くなり、保護した老人は遺言通り通報して、賞金でGergoにプレゼントを買ってやった。

確かに、絶望的な状況を逞しく生きる人々の映画である。しかし、このジャンルには数多くの作品があり、既に言及した『わが谷は緑なりき』や『乾いた人生』など優れた映画の存在を知っているので、少し微妙に感じてしまう。例えば、『わが谷は緑なりき』が徹底した子供目線で語っていたのに対して、本作品では子供と母親の物語を中途半端に行き来していて、煮え切らなかったり。或いは、『乾いた人生』ではやせ細った大地を太陽が焦がし、その後ろには枯れ木に留まった大量のハゲタカ、という映像で絶望を魅せきった名シーンがあるのに対して、本作品では"目に見える"絶望というのは冒頭くらい(これも結構微妙だが)しかなかったり。山でのロケ撮影という点で映像の美しさは保証されているのに、雪深いことしか特性としては扱っておらず、ロケーションの美しさを映画的な美しさまで昇華出来ていない。山で暮らしている必要性があまり感じられなかったのは残念ポイント。

加えて、周りに所帯持ちの同僚がいないのが理解できなかった。映画全体を通して、女性が母親しか出てこないのだ(一応、都会のホテルの老婆もいるが)。戦時中だから若い男を出せないのは分かるが、女性をあと二人くらいモブに置いといても良かったんじゃないか?全然生活感が感じられなくて残念。あと、運命を共にする木みたいなのも風習の紹介だけに終わっていて残念だった。落雷で炎上して息子も死ぬみたいな視覚的な死の演出とかに使うと思ってたのに普通にミスリードだった。

ただ、本作品が源流となって、後にイタリアン・ネオリアリスモやブラジルのシネマ・ノーヴォとしてより洗練された作品を生み出すきっかけとなったという点は評価したい。源流だからこそ、粗削りで不満な点を、後年の監督たちが自分流に改築できるジャンルの奥深さがあったんだろう。後にハンガリーでも"農民の生活"系映画というジャンルが盛んに作られる時期も到来し、その礎を築いた作品でもあった。歴史的な価値は十二分にある作品だ。

ちなみに、どうでもいい話だが、
英語Wikipedia,SecondRunのDVD英題→『People of the Mountains』
MUBI→『Men on the Mountains』
IMDb→『People on the Alps』
と英題のふらつきがあるのも特徴。

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・作品データ

原題:Emberek a havason
上映時間:88分
監督:Szőts István
公開:1942年(ハンガリー,製作)→1957年1月3日(ハンガリー,再公開)

・評価:60点

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