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Gaál István『The Falcons』荒野の鷹匠、或いは美しき色彩の魔法

圧倒的大傑作。1970年代は、それまで"個人の葛藤"を描いていたハンガリー映画は"寓話"を用いて停滞した現状を超現実的でアレゴリックな映像とともに批判し始める。それは他の東欧諸国やイタリア映画の映画も同じ道を辿っていたようだ。それは本作品も同様である。Mészöly Miklósの同名小説の映画化作品であるガール・イシュトヴァーン(Gaál István)の監督六作目の本作品は、圧倒的勝利を飾る美しいロケーションと目をみはるほど素晴らしいカラー撮影で綴った政治批判的なテイストを持つ"寓話"である。第23回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した。

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鳥類学者の青年ソモスコイ・ガボールが、田舎の鷹狩について興味を持って調査にやって来る。そこでは、厳格な男リリクが4人の弟子を従えて、ガチガチの伝統を守り続けていた。訓練や狩り(というか仕事)、普段の生活を淡々と綴った作品に見えるが、実は奥深い&超分かりにくいアレゴリーに満ちていた。

まずリリクは独裁者本人であり、鷹は秘密警察だろう。そして、リリクの"息子"と呼ばれた弟子たちは名前はあるものの無名であり、それが弟子という立場も重なって、従わない者は切り捨てられてすげ替えられる政権幹部を意味しているのだろう。ガボールくんはただのトリックスターであり、無垢な人間として最終的に独裁主義に耐えられなくなる。しかし、リリクは部外者であり見学者であるガボールに対して終始不気味なほど優しいのだ。

例えばこんな場面。二匹の鷹で鷺を狩る、という芸の練習シーン。荒野に二人の男が立ち、距離を空け始めるダイナミックな切り取り方に西部劇的な要素も感じる。鷹が鷺を捉えた後も、明らかにやり過ぎな放置状態が続き、ガボールはリリクに不満を漏らすが、"んなもん、すぐ治るわ"と返されて言葉も出ない。弱音を吐くガボールに対して、そっけないながらも非難したり怒ったりなどは決してしない。

或いはこんな場面。野生の鷹を飼い慣らすのは大変だし、他の鷹匠の言うことは聞かないけど、いい成績を残す。逆に、子供の頃から飼っている鷹は簡単に飼いならせるが、狩りをするときに逐一見ておかなければならない。リリクの名パートナーだったディアナという鷹を巡る会話である。ディアナは野生の鷹で少し前に逃げ出してしまったようで、ガボールはそれを捕まえるのに協力する。ガボールはディアナらしき鷹を捕まえるが、離してしまう。しかし、それに対してリリクは"まぁいつか捕まえるよ、彼女じゃなきゃその子供でも"と怒る様子もない。

怒らない理由というのは、恐らくは寓話を円滑に進めるためでもあるんだが、ガボールが部外者であることも関係しているだろう。彼は真の意味で傍観者であり、初めて経験する"独裁体制"を一から十まで眺めるのを追ったのが本作品だ。ソ連の支配を経験した当時のハンガリー人の当惑と逃げ出すという理想を重ね合わせているだろう。

また、Thaymurというペルシャ人の作家(詳細不明)が度々引用されている。リリクは"Thaymurは言った…"と何度も言及し、これ以外の本はクソだとも言っている。これはレーニンやスターリンなどの"教祖"的存在を暗示しているのではないか。

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テレーズという若い女性が鷹匠たちの生活を手伝っていた。目のやり場に困るくらい胸元の開いた服を着て、ガボールを坊やと呼ぶテレーズの"アブナイお姉様"感が堪らなくカッコいい。害鳥を狩る鷹に対して、害獣を狩るイタチを飼っているのだが、なんの愛着もなさそうに飄々としているのはなんなんだろうか。ガボールが終盤にヒントをくれる。彼女は鷹匠にもリリクにもその弟子たちにも興味を示さず、ただ"繋がっている"だけなのだ。テレーズは傍観することで手を貸していた人間を指すのだろう。本人は傍観して冷笑しているつもりが、食事の世話からセックスの対象としてまで、徹底的に利用されているのだ。

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緑と黄色で溢れる美しすぎるハンガリー大平原をカラーで掬い取り、初期ヤンチョー・ミクローシュ作品『密告の砦』や『Silence and Cry』などを思わせるロングショットで空間を縦にぶち抜く。印象的なロングショットはこれら初期ヤンチョー作品に色がついたような魔術的な魅力があって好印象(カラー時代のヤンチョー作品とは別であることは明記しておく)。黄色い大地は地平線の彼方まで続き、青い空との境界には何もない。ロケーションの圧倒的勝利なのだが、地面と空を結ぶものとして鷹を登場させることで、ほとんど反則のような美しい映像に昇華させることに成功している。特に最初の訓練のシーンで、三人の鷹匠が馬に乗りながらガボールの周りを回りつつ、一匹の鷹を回していくとこは天才的な美しさだった。個人的に一番のお気に入りシーンは、意外にも屋外ではなく、大雨が降って家に大量の鷹を家に仕舞うシーンである。

正に"荒野の鷹匠"という形容がピッタリなほど、美しい平原に佇む鷹匠たちは画面映えしていた。アレゴリーであることには言われないと気が付かないくらい、非常に上手く覆い隠せていたと思う。幻想的で不思議な映画だった。

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・作品データ

原題:Magasiskola
上映時間:100分
監督:Gaál István
公開:1970年9月10日(ハンガリー)

・評価:100点

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