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Török Ferenc『1945』終戦のハムレット、或いはユダヤ人の帰還

大傑作。覗き見しているかのような緊迫感あふれる映像と心をざわつかせる音楽で90分間一瞬もダレない素晴らしい作品。2017年のハンガリー映画はカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されたムンドルッツォ・コーネルの『ジュピターズ・ムーン』とベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したエニェディ・イルディコーの『心と体と』が日本公開されているが、そんな影に隠れてゼロ年代の作家Török Ferencの監督最新作である本作品も本国では公開され、陰ながら激賞されていたのだ。

1945年8月12日午前11時。終戦直後のハンガリーの寒村の駅に列車が到着し、黒ずくめの男が二人(老人と若者)降り立つ。村では村役場書記イシュトヴァンは息子アールパードの結婚式の準備を進めており、駅長は仕事をほっぽりだしてイシュトヴァンにこの親子の到着を伝えに走る。なぜなら、彼らがユダヤ人だったから。

終戦直後のハンガリーの空気感を完全に再現し、リアルタイムで進行するその物語は、"奴らが帰ってきた"というセリフと共に展開する。それがどこか『真昼の決闘』を思い起こさせる。戦時中、ユダヤ人が営んでいた店を(奪い取って)引き継いで財を成したイシュトヴァンは、前の持ち主であるポラック家の回し者が取り返しに来たと思い始め、彼らが到着する前に手を打とうと方々に駆けずり回って根回しを始める。そして、ナチスとの秘密手形を燃やし、腹心の部下である警官のイハロス・パルと共謀者であるクスタル・アンドラーシュの口止めを図る。命令を忠実に守ろうとするパルに対して、罪悪感から"財産を返すべきだ"と主張して酒に溺れるアンドラーシュ。この二人の対比も中々興味深い。

加えて、サブプロットとして、まだ始まっていないもののソビエトの影を感じて嫌がる住民たちが描かれている。ハンガリーは二次大戦をナチス側で戦っているため、ソ連・ハンガリー双方が互いに良い印象を持っていなかったことはヤンチョー・ミクローシュ『My Way Home』でも描かれていた。本作品でもヤンチと呼ばれる戦争帰りの若者が、ソ連かぶれとしてソ連兵に挨拶したり、パルを挑発したりして、来るべき闇の時代がまだわからなかった頃のハンガリーを暗に示している。全員が徒歩か自転車で移動する中、ヒャッハーと言いながらジープで爆走するソ連兵は神出鬼没であり、登場する人物全員の前に現れる。そして、何にも関与しないまま、全てを観ているという構図になっているのが面白い。

アールパードは父親が権力を使って戦争に行かせなかったような温室育ちの青年で、結婚に際して父親から譲り受けた生活雑貨店も"こんな店、くれとか言ってねーし"と強がる。結婚相手のKisrózsiにも相手にされず、それどころか彼女は結婚式当日にも関わらずヤンチと寝ていたのだ。追い詰めれて亡霊のようになったアンドラーシュに父親のやったことを暴露されたアールパードは、その罪に失望して村を後にする。Kisrózsiはヤンチにも棄てられ、結婚式はヤンチと別の女のものになる。

アールパードの物語はまるで『ハムレット』のようである。悪行に手を染めて王座を手にした男の息子で、結婚を控えている。そして、父親の罪に失望して城を離れるのだ。しかし、ハムレットは戻ってきて復讐を果たすが、本作品ではオフィーリアに相当するKisrózsiが興味をなくしたアールパードに代わって復讐を完遂する。これによって窮地に陥ったイシュトヴァンを、村の人間は誰も助けない。このシーンには本当に心が震えた。一つの時代が、欺瞞の時代が、音を立てて崩壊したのだ。

イシュトヴァンの妻アンナやアンドラーシュの妻クスタル夫人も面白い人物である。クスタル夫人はイシュトヴァンと共謀してユダヤ人を告発した張本人であり、彼らの家を"合法的"に接収して受け取ったのだ。イシュトヴァンと同様、ユダヤ人に返すつもりなど毛頭ない。そんなアクの強い女である。それに対して、アンナは夫イシュトヴァンの蛮行を目にして以来、モルヒネ中毒であり、イシュトヴァンからは疎ましがられている。唯一の子供であるアールパードを溺愛し、彼の背中を押しているのだ。完全に『ハムレット』じゃねえか!

さて、ユダヤ人の親子は何をしに来たのか。『真昼の決闘』では、帰ってくる人間は完全な悪者だった。財産を取り返しに来たのであれば、イシュトヴァンから見れば悪役に該当するのかもしれない。しかし、親子は収容所の生き残りであり、そこで亡くなった同胞の遺品を墓に埋めに来ていたのだった。言ってしまえばイシュトヴァンたちの被害妄想であり、何も起こらなかったはずだったのである。このあっけなさというのが、本当に素晴らしい。本当に取り返しに来たのであれば、ただのヴィランになりかねないから。戦後、収容所から解放されたユダヤ人たちが、どういう動きをして現在に至るかは、あまり語られてこなかったように思える。ナチスの蛮行によって再び"聖地=自宅"を失ったユダヤ人たちは、この親子のように彷徨い続けていたのだろうか。

物語は全ての始まりだった駅に戻る。ものの数時間でナチス時代の闇が全て掘り返されてしまって、"秩序"は乱れ、全てが変わってしまった。そして、親子とアールパードを乗せた機関車の吐く黒い煙が、やがて来たる闇の時代を暗示するかのように、雨の中を黒く長く垂れ込めていた。

・作品データ

原題:1945
上映時間:91分
監督:Török Ferenc
公開:2017年4月20日

・評価:98点

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