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ファーブリ・ゾルタン『The Tóth Family』全体主義的"箱作り"の恐怖

これでもかと極化させた全体主義的な寓話をコミカルに綴る傑作!フサーリク・ゾルタン『シンドバッド』でタイトルロールを演じたハンガリーきってのイケメン俳優ラティノヴィッツ・ゾルタンを主演に迎え、Örkény Istvánの同名小説を映画化したのが本作品である。IMDbでは異常に評価の高い『The Fifth Seal』(8.8)に次いで評価が高く(8.2)、名実ともにファーブリ中期の代表作となっている。現状、ファーブリのベスト。

冒頭、火事も起こらない平和な別荘地で消防士をやっているトート・ラヨシュがいかに素晴らしい人物として尊敬されているかを導入する。街を歩けば会う人会う人に挨拶され、結婚式では主賓として呼ばれ、臨終の場にも立ち会う。続いて妻マリシュカも娘アギカも彼の魅力にゾッコンで云々という状況が、アギカの"ツバメが綺麗だわ…パパみたいね"とか"このチョコ甘いわ…パパみたいね"とかいう衝撃的なセリフとともに綴られる。

夫婦には兵役についているジュラという息子がいて、ある日、彼の上官Õrnagy大佐が休暇でやって来るという手紙をよこした。そこから、大佐を歓待するために、街中の人間がトート家に調度品を貸し出す。その際、アギカは大佐の話をするうちに、話をどんどん盛ってしまい、そのせいで理想化された大佐に恋してしまったのだ。よくある可愛らしい笑い話じゃないか。期待しすぎてハードルが爆上がりする例のやつだ。

しかし、やって来たのは理想と違うおっさんだった。しかも、手紙でも言及されていたとおり、大佐は神経がやられており、音に異常に敏感で、素面でもフラフラ歩き、背後を異常に警戒し、トート家に次々と無理難題をふっかける迷惑なおっさんだったのだ。その言動を少し追ってみよう。

・ヘルメットの被り方が気に入らないと直される。
・家に来た神父について"信頼ならんから今度来たら撃ち殺せ"と命令。
・夜中に時計の音で飛び起き、暗がりにあったマネキンに発泡。糞暑いのに窓も閉め切ってブラインドも閉めろと命令。
・マリシュカとアギカの内職(厚紙で箱を作る)に無理矢理ラヨシュを参加させる。そして、自分が楽しいため何時間もやり続ける。夜中に。
・家中の壁やドアをペンキで塗り替え、アヴァンギャルドな配色にされる。
・箱作ってるときに寝てたらブチギレられ、外に立たされる。
などである。

そして、途中途中に息子のジュラの思い出を少しだけ挿入することで、まるで大佐がジュラを人質にとっているかのような構造が映画的・映像的にも浮き出てくる。事あるごとに"もう知らん!出ていく!"と喚く大佐は、最早駄々っ子にしか見えないが、既に理想像に恋していたアギカという強烈な味方とジュラという人質がいる(と思わせている)せいで、夫婦は彼を接待し続けねばならず、知ってか知らずか大佐の態度はどんどんデカくなっていく。これこそが共産主義政権の本質なんだろう。理論が通用しないクソガキをあやして、機嫌をとり続けねばならない苦痛たるや。

大佐が軍人であるが故に睡眠時間が極端に短く、付き合わされたトート家の面々が日中に眠り込むモンタージュが天才的に面白いんだが、それ以外にも唐突なジャンプカットや早回しで我々のテンションを繋ぐのが非常に上手い。例えば、大佐がバン!と机を叩くと、次のコマではいなくなっており、時間の経過と大佐の心(=その場の状況)の変わりやすさを的確に表現しているのだ。

マリシュカとアギカが夜にようやく寝られるようになったと思ったら、箱に切込みを入れるカッターをパワーアップしただけに過ぎず、作業の効率は増すばかり。家に入らなくなった箱は庭にうず高く積み上がっていた。トート家の不満の数を象徴するのか、おべっかを使ったせいで膨らんでいく大佐の権力を象徴するのか。

ついに耐えきれなくなったラヨシュは逃げ出し、戻ってきてもトイレに籠もりっきりになってしまう。しかし、大佐がトイレを開けさせ、ラヨシュに全てを話させることで、"全て自分(=ラヨシュ)が悪い"ことを再認識させ、自分の意志でトイレを出て内職作業に参加することになるのだ。ついに不眠から家族全員が徐々におかしなテンションになっていき、大佐に一切の不快感を出さないように"教育"されてしまったのだ。

ラスト、大佐が去った後、部屋を片付けて自由で静かな夜を過ごそうとしていたら、なんと大佐が戻ってくる。そして、ついにトート家ははち切れるのだ。いつものファーブリ同様、"起承転"に対する"結"が味気ないのだが、今回はそれがいい方向に作用しているように思える。当時の人間が求めていたのは、なだらかなソ連からの脱却ではなく、今日から0にするレベルでの脱出を望んでいたんだろうから。これほどあっけない結末が望まれていたんだろうから。

・作品データ

原題:Isten hozta, őrnagy úr!
上映時間:96分
監督:Fábri Zoltán
公開:1969年11月29日(ハンガリー)
※日本ではゾルタン・ファーブリと紹介されている

・評価:93点

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