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メーサーロシュ・マールタ『アダプション/ある母と娘の記録』ハンガリー、ある"母"と"娘"に関する物語

1975年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品、金熊賞受賞作品。メーサーロシュ・マールタ長編五作目。デビュー作『The Girl』から第四作『Riddance』に至るまでの第一期で、個人と社会の関係性を描いてきたメーサーロシュは、本作品からより"個人"に主眼を置いた作品へと傾いていく。しかし、次作『ナイン・マンス』で30年に渡るパートナーとなるヤン・ノヴィツキや様々な作品を経てメフィストフェレス化していくモノリ・リリなどが登場することから、明白に時期区分できない作品でもある。そんな作品が一番有名なんて、良い話じゃないか。閑話休題、本作品の主人公カタは43歳、同僚で既婚者のヨーシュカと不倫をしている。彼女は子供を産みたいのだが、ヨーシュカは反対している。彼との関係に正直でいたいカタは、彼を説得しようとするが、議論は平行線に終わる。メーサーロシュ作品に登場する量産型クズ男として、ヨーシュカは待ち合わせをすっぽかしたり、ホテルの部屋取れなかった~と嘘を付いたり、挙句の果てには"そんなに言うなら俺の家族に合わせてやるよ!"と逆ギレする始末。ある日、彼女の家に寄宿学校の少女たちがやって来る。その一人が、両親から養育を放棄された過去を持つアナだった。しかも、いきなり部屋を逢引に使わせてくれと頼んでくるのだ。初対面には強すぎる申し出だが、寄宿学校にいるというだけで、公民館すら入れないという彼女の境遇を知って、カタはアナを受け入れることにした。

本作品はある意味で後の『マリとユリ』の原型のようであり、絶対誰にもなびかなそうなモノリ・リリをマイルドにしたような(それこそ世間体を気にする『Riddance』の主人公のような)アナの人物造形には過渡期的な魅力を感じさせる。同作でもそうだったように、ここではカタとアナが親子ほどの年齢差があり、ある面でカタがアナの保護者的な振る舞いをするわけだが、別の面ではカタこそアナの子供のようでもあり、また別の面では二人は対等でもある。最も象徴的な場面は、二人がレストランに入って酒を飲んでタバコを吸いながら談笑するシーンだ。二人は男たちの性的な目線にさらされながら、それを尽く撥ね付ける。同様のシーンは『マリとユリ』でも繰り返されるが、本作品で二人が座ったのが窓際だったのに対して、同作ではレストランのど真ん中で、なんなら帰り際に机をひっくり返すまでしている(だったかうろ覚えだが似たようなmess状態にする)。その点でもやはりマイルドで、メーサーロシュ作品群の入門のような感じがしてくる
この手の作品では、多くの場合アナの背景は深掘りされずにMPDGっぽくなってしまう問題が付きまとうわけだが、メーサーロシュは互いの足りない部分を互いに補い合って前進すれば良いじゃないか、としているのが興味深い(これも『マリとユリ』と共通している)。

終盤で、念願叶ってアナとシャニは結婚することになるのだが、アナの父親が出した"金輪際関わりたくないので離婚しても家に戻ってくるな"とイカれた条件を即決した割に、二人は既に破綻を迎えそうな結末を予感させる。一方、カタは赤ちゃんを養子に迎え入れる。カタの一挙手一投足に見覚えがあるなと思ったら、アリス・ウィンクール『Revoir Paris』ですよ、となるなどした。

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・作品データ

原題:Örökbefogadás
上映時間:99分
監督:Mészáros Márta
公開:1975年9月25日(ハンガリー)

・評価:70点

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