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メーサーロシュ・マールタ『ドント・クライ プリティ・ガールズ!』70年代のブダペストとビート音楽と

メーサーロシュ・マールタ長編三作目。1950年代から短編ドキュメンタリーを取っていたメーサーロシュは、1970年代になって映画の主人公が労働者に移ってきた頃に長編劇映画製作に転向し、培ってきた観察眼を以てハンガリー映画の大きな潮流の一翼を担った。本作品は長編三作目であり、若い労働者の目線で同時代の社会状況を切り抜いたポートレートのような作品になっている。また、個人的に記しておきたいのは、同年に公開されたヤロミル・イレシュ『闇のバイブル 聖少女の詩』のヤロスラヴァ・シャレロヴァを主演に迎えていることだ。彼女が演じるユリは工場に勤めていおり、同じ工場勤務で機械工として働くシャヴァニュと婚約している。二人を含めた男女何人かのグループは、工場での勤務が終わるとブダペストの街に繰り出していく。とは言え金もないので、暇を潰すとなれば近くの廃墟に立ち寄って窓ガラス割ったり、持参した風呂敷の上でセックスし(ようとし)たり、バーではゲームという形で他の客から小銭をせびったり、して有り余る時間を空費している。

そんな中で、ユリは魅力的なチェリストのゲツァに惹かれる。婚約しているシャヴァニュは同じ行動の同僚にちょっかいを出すなど好色な様子で、友人宅(?)での"女なんだから洗濯してけよ"という意味不明な指示についても何の疑問も持っていないという、この時代には平均的かつ平凡な男であり、度々挿入されるユリのつまらなそうな顔は、彼に対する感情を隠そうともしていないことを表しているのだろう。ゲツァと郊外へとデートに繰り出す後半は、退屈な都市部での余暇時間を描いていた前半と対比されていて、開放感あふれる田舎の草原で破顔するユリを見ることができる。彼女は自立しようともがいているが、仕事やその同僚、互いの両親に住居など制約が多すぎて立ち上がれずにいたのだ。

会話のない場面では必ずと言っていいほど同年代のビート音楽が流れている。それも、様々なバンドが代わる代わる別の曲を歌っていて、さながらコンサート映画のようだ。ミュージカル映画と紹介する記事もあるほど。ありふれた物語を特異なものに変えているのは、この所狭しと並べられた同時代のビート音楽のおかげでもあるだろう。湿っぽくなるシーンも退屈なシーンも、ポップで明るい雰囲気に変えてくれる音楽の存在に勇気付けられた人々は数多くいたはずだ。

もう一つ、特異な点を挙げるとすると、平凡な男シャレロヴァが自分の否を認め、最終的にユリに決定権を委ねることだろう。湿っぽいロマンチズムに流されずに自身の望みを全うしたこの帰結は、メーサーロシュが現実世界に求めていたものに違いない。

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・作品データ

原題:Szép lányok, ne sírjatok!
上映時間:84分
監督:Mészáros Márta
製作:1970年(ハンガリー)

・評価:90点

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