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タル・ベーラ『ダムネーション 天罰』地獄に堕ちた愚者ども、或いは"サタンタンゴ"の原型

邦題は"地獄堕ち"で決まりだろう。脚本にクラスナホルカイ・ラースローが加わり、『サタンタンゴ』等で親の顔より観ただろう長回しスタイルが開花したのが本作品。冒頭から『狙撃手』へのオマージュのように石炭の運搬カーゴをねっとり描いた5分の長回しに男が髭を剃って家を出ていく場面が加わって、会話が登場するまで10分くらい掛かる。大雨が降る炭鉱の街で、バー・タイタニックに入り浸る一人の男Karrer。夫のいる女歌手と不倫をしていて、彼女はKarrerと別れたがっている。そして、Karrerはバーの店主から"運び屋"業を依頼され、歌手の夫に仕事を回す。借金まみれだった彼は渋々受け入れ、Karrerは束の間、歌手の愛を受けようとする。

息の詰まるような長回しが幾重にも繰り返され、カメラが横移動することで縦空間を足し合わせて空間を広げていく。我々は閉塞感に満ち溢れた雨の降る炭鉱の街の、閉塞感に満ち溢れた三角関係の中から抜け出せないままの時間を過ごす。

Karrerは歌手をいかに愛しているかを語るが、歌手の見つめる先には何もない。雨は降り続け、タル・ベーラ恒例の"カフェテリアでのダンス"シーンになる。『サタンタンゴ』での"やがて来る終末への絶望と高揚"、『ヴェルクマイスター・ハーモニー』での"ハンガリー1100年の歴史"を象徴していたダンスシーンであるが、本作品で提示されるのはより小さなコミュニティでの小さな絶望を示していた。

一人の女を巡る三角関係。そう、シュミット夫妻とフタキである。本作品における三角関係は『サタンタンゴ』でも繰り返されるのだ。そして、本作品のKarrerと『サタンタンゴ』でシュミット妻を狙うフタキを演じるのは同じSzékely B. Miklósなのだ。こうして、本作品が生んたハンガリー現実世界への絶望の血脈は『サタンタンゴ』を通して『ヴェルクマイスター・ハーモニー』まで引き継がれ、壮大な三部作を成しているのである。

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・作品データ

原題:Kárhozat
上映時間:120分
監督:Tarr Béla
公開:1988年10月20日(ハンガリー)

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