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タル・ベーラ『The Prefab People』夫婦喧嘩、ブチギレと罵り合いの年代記

団地の広場でマーチングバンドが爆音で演奏を始める。人々は家の窓からそれを眺めている。するとカメラは家の中に切り替わり、号泣する赤ちゃんを抱いた母親が、これから出ていくという父親と口論する場面が展開する。怒鳴り合いに次ぐ怒鳴り合いの後ろで赤ちゃんは泣き喚き、我々は開始3分で親密なカオスにぶち込まれる。タル・ベーラの"あまり有名でない"初期三部作の最後の一編であり、翌年のテレビ映画『マクベス』を撮ったことで師匠ヤンチョー・ミクローシュへの具体的な傾倒を世に示すことになる直前に撮った作品である。

9回目の結婚記念日に、4歳位の長男と生後間もない次男が寝静まった頃、夫婦は細やかなお祝いを始めるが、妻が"専業主婦は耐えられない"と言うのに対して、旦那は適当に返してさっさと寝ようとする。家族でプールに来ても、旦那は妻たちを置いて出会った知り合いとの会話に1時間半も費やし、久しぶりに行った酒場では妻をほっぽり出してシンガーと踊って、バーのバンドと歌い明かす。酔っ払った夫の歌を後頭部でしっかりと聴きながら、何をするでもなくグラスの氷をかき混ぜる長回しは非常に印象的だ。そしてカメラは夫の顔に戻り、バーの電気が一つづつ消えていく。現実的な大喧嘩の中に隠された幻想的な場面だ。

アップを多用しながらも切り返しを挟まない会話の撮り方はドキュメンタリーそのものであり、家族の罵り合いという『Family Nest』的な側面と、ドキュメンタリー映画的な『The Outsider』的側面を持ち合わせた作品と考えることも可能だろう。必ずしも時系列を追わない展開に、前後との相互作用も希薄で、さながら出口のない迷路に迷い込んだかのような強烈な不安が心に押し寄せる感じは全作品を通して言えているのかもしれない。

現実的で虐げられる妻と夢想家で遊んでばかりの旦那。"偉大なパパ"という古の産物はとっくに崩壊し、その朽ちた骨格を空に晒していた。タルはそれをドキュメンタリー的なアプローチを使って提示し、世界的な名声を得る一歩手前まで近付いた。観念したかのように車を買う幻想を諦め、妻とともに洗濯機を抱えてトラックに揺られる無言の長回しでエンドクレジットが流れる。この痺れるショットは、後年の長回し的な感覚を既に持ち合わせている。決して偶然『Damnation』以降のタル・ベーラが誕生したわけではないことが一瞬にして見て取れる。

・作品データ

原題:Panelkapcsolat
上映時間:102分
監督:タル・ベーラ
公開:1982年12月9日

・評価:80点

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