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Random Walk

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執筆したショートストーリーをまとめています。
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#青春

玻璃の心が砕ける前に【後】

玻璃の心が砕ける前に【後】

「……今日の水瓶座の運勢は……」

テレビの占いが聞こえる。なんだ、水瓶座は最下位か。ついてないなぁ。

「そんなことないよ。ラッキーだったんだって」

……ラッキー?どこがさ?
そこまで考えてから、記憶が急によみがえってくる。
玻璃。黒猫。大雨。崖。土砂崩れ。そうだ、玻璃はどうなった?
僕は目を開ける。白い天井が目に入ってきた。右手が温かい。誰かが手を握ってくれているようだ。そちらを向くと、涙で

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玻璃の心が砕ける前に【中】

玻璃の心が砕ける前に【中】

玻璃がいない朝の通学路。
相変わらずモノトーンで埋め尽くされた世界は陰鬱な色で満ちていて、救いの光を失った僕は、そこから逃げ出したくなる気持ちをどうにか押しとどめながら坂道を登る。

にゃあ。

ふと、鳴き声がした。

声のしたほうに目を向けると、黒い猫が一匹、塀の上に寝そべってのんきにあくびをしているのが見えた。猫一匹が乗るのがやっとのわずかな幅のその上で悠々と寛いでいるそいつは、よく見ればいつ

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玻璃の心が砕ける前に【前】

玻璃の心が砕ける前に【前】

朝の通学路では僕と同世代の男女がモノクロームな表情で学校へと続く坂道を歩いている。粛々と続いていく人の列はどこか陰鬱で、自分もその一部であることが無性に嫌になって逃げ出してしまいたいと思うこともある。おそらく誰にでもそんな瞬間はあるのだろう。けれど僕には一つだけ救いがあった。

白いブレザーと黒の学ランで出来た迷路のような人波をかき分けて、僕は息を切らしながら一人の女の子、幼なじみでクラスメイトの

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馬も酔わせる恋心

馬も酔わせる恋心

いったいなんて読むんだ?というのが最初の印象だった。

「馬酔木」という名前のその店は、煉瓦造りのクラシックな見た目で大通りの交差点に居並ぶ建物の中でも一際目を引く外観をしている。
街路樹が黄色く染まるこの季節は、より一層雰囲気が増して、店の周囲だけはパリの大通りを思わせた。

その店名は構成している文字自体は難しくないくせに、続きで並ぶと全く読み方が分からない。

あまりにも一点を見つめて難しい

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さらば青春の光

さらば青春の光

青春に光というものがあるとしたら、それは僕にとっては一人の女の子だったと思う。

彼女と初めて出会ったのは放課後の委員会の集まりだった。
大人に片足を突っ込んでいると思い込んでいる中学生にとって、それは大人の真似事をさせられていると思うには十分な茶番であり、委員会の間中、白けた空気が場を支配していた。

各クラスから集められた委員が、担当教師の指導の元におざなりに委員長を決めていく。こういった決め

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夏の魔物

夏の魔物

夏には魔物が住んでいる。

そいつは最高気温39℃越えの日でもぴんぴんしているんじゃないかと思う。
全力で冷房を効かせて温度に対抗している電車を降りたとたんに強烈な熱気が襲ってきた。

「うへぇ」

自分でも分かる情けない声を上げながら私は改札口へ向かう階段を上る。
あまりの気温差にくらくらしてきた。

人波であふれる駅の改札を抜け、駅前の予備校へ向かう途中で憧れの顔を見つけると、私はさっきまでの

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百物語が過ぎたとしても

百物語が過ぎたとしても

「百物語をやってみない?」

サークル棟にあるオカルト同好会の部室でいつものようにだらだらとしていると、サークル最年長、兼会長の東條先輩が不意に言ってきた。
私はペットボトルのミルクティーを飲みながら見ていたスマホから顔を上げる。予想通り、東條先輩はさも名案、とでもいうように満面の笑みを浮かべていた。

それに対してパイプ椅子に座ってオカルト雑誌をパラパラと捲っていたサークル唯一の男子である宗像先

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君と僕の選択

君と僕の選択

愛に理由なんてないというけれど。

それでも僕は君を選んだ理由をいくつも挙げられる。

何もないところでつまづいちゃうところとか。
構おうとした野良猫に逃げられて涙目になっちゃうところとか。
お気に入りのピンクの傘をうっかり電車に忘れてきちゃうところとか。
そんな君だから、いつも横で見ていてハラハラしていた。
僕が守ってあげなきゃと思ったんだ。

でもそんな君だから、周りの他の男子からも好意を向け

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Beehive

Beehive

見上げた窓に明かりが灯る。そろそろ時刻は夜の7時。
集合住宅の明かりがぽつぽつと灯っていく様を僕は公園のブランコで缶コーヒーを片手に眺める。明かりの下で誰かの帰りを待っているのだろうか。

ランダムに灯っていく明かりはほとんどが意味のない幾何学模様だけど、ときおり何かの形を描くことがある。目の前の一棟は六角形の模様を描き出していた。

(ハチの巣みたいだな)

そんなことをぼんやりと考える。誰かが

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