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百物語が過ぎたとしても


「百物語をやってみない?」

サークル棟にあるオカルト同好会の部室でいつものようにだらだらとしていると、サークル最年長、兼会長の東條先輩が不意に言ってきた。
私はペットボトルのミルクティーを飲みながら見ていたスマホから顔を上げる。予想通り、東條先輩はさも名案、とでもいうように満面の笑みを浮かべていた。

それに対してパイプ椅子に座ってオカルト雑誌をパラパラと捲っていたサークル唯一の男子である宗像先輩は間髪入れずに「嫌です」とのたまった。

「三人でやるとなると一人三十話以上か……なかなかハードね」

東條先輩は宗像先輩の言葉をまるっきり無視して話を続ける。

「嫌ですって言ってるでしょうが」

さすがに雑誌から顔を上げて宗像先輩が再び拒否の声を上げた。
が、それを再び無視するかのように東條先輩は宗像先輩の方を見て厳かに宣言した。

「じゃあ、今度の週末は宗像君のアパートに集合ということで」
「俺の家ですか!?」
「え、もしかして宗像君、私か美沙ちゃんの家に来たいの?やーらし」

口に手を当ててにまにまと笑う東條先輩。宗像先輩は気まずそうにちらりと私の方を見てから

「いやそういう訳じゃなくて……分かった、分かりましたよ」

といった後、諦めたように雑誌を机の上に放り投げて降参のポーズを取った。


「結局こうなるのか……」

週末。夕方に部室で待ち合わせた後に宗像先輩のアパートに向かう道すがら、スーパーマーケットで買い込んだお惣菜やら缶ビールやらの袋を下げて宗像先輩が呟いた。
私はというと実は男子の部屋に行くのは初めてなのでちょっとわくわくしながら宗像先輩の後をついていく。手ぶらなのもどうかと思ったので、自分でも卵焼きとか唐揚げといったちょっとしたお惣菜を作ってきた。後ろ手を組んで後ろからついてきている東條先輩は完全に手ぶらだった。いっそ清々しいと思う。

宗像先輩のアパートは意外と古風な建物だった。2階建ての4部屋構成でアパート名は「あかつき荘」。2階への階段をのぼって正面が先輩の部屋だ。
先輩に続いて「お邪魔しまーす」と言いながら部屋に足を踏み入れる。
中は典型的なアパートの間取りだった。1帖程のキッチンに、トイレ付きのユニットバス、洗面台。洗濯機はベランダに置いてあるようだった。そしてワンルームは意外と広く、8畳よりちょっと大きい。古風な建物の外観通り、畳の部屋だった。

「お部屋が畳なんですね」

思わず独り言のように感想を述べる。
宗像先輩はこちらをちらりと見ると、「畳は嫌いじゃないし、部屋が広かったからな」と説明してくれた。

後から入ってきた東條先輩は部屋に入るなり押入れを開けはじめた。

「ちょ、何してんすか!?」

慌てて宗像先輩が止めに入る。腕を掴まれた東條先輩は不満そうに言った。

「えー、えっちな本とかないかと思って」
「普通、部屋に入るなりそういうことします?ありませんし、あったとしても絶対に見せません」
「けちー」
「けちとかそういう問題じゃない、やめてください。轟も見てるんですよ」
「美沙ちゃんも見たいよねー?」

あ、こっちに飛び火してきた。私は慌てて手を振ってご遠慮申し上げた。


ひとしきり東條先輩のガサ入れ問答を行った後、部屋の中央のこたつ兼ローテーブルに買ってきたお惣菜や飲み物を並べる。
東條先輩がスマホを見ながら説明を始めた。

「えーと、伝統的な作法としては、新月の夜に数人以上のグループの誰かの家、3間の部屋を用いる。ここ3部屋ないの?」

宗像先輩の方を見て確認する。頬杖をつきながら宗像先輩は否定する。

「あるわけないでしょ。さっきさんざんガサ入れしたでしょうが」
「まあ仕方ないか。続きを読むわね。いちばん奥まった部屋に100本の灯心を備えた行灯と、文机の上に鏡を置く。行灯には青い紙を張る。そういえばこの部屋、行灯ないの?」

呆れたように宗像先輩が言う。

「行灯なんてあるわけないでしょうが。というか今どき普通に行灯のあるご家庭ってあるんですか?」
「無いわねぇ」

説明の中にちょっと気になった点があったので、ぴこっと手を上げてから聞いてみた。

「あの、行灯にはなんで青い紙を貼るんですか?」

東條先輩がこちらを見て言う。

「なんでかしらね……?雰囲気が出るからじゃない?」
「そういえば百物語を終える時に出てくる怪異に『青行灯』っていたっけな。それが由来なのか」

宗像先輩が思い出したように言う。私はその怪異は初耳だった。聞いてみたら宗像先輩が答えてくれた。

「どんな怪異なんですか?」
「鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』では、黒髪で角があって、歯が黒くて白い着物の女性の姿だったはず。でもあんまり一定してないんだよな」
「一定してない?」
「描写が少ないっていうのかな。あんまり資料が残ってないんだ」
「マイナーなんですかね」
「百物語はたいがい百話行く前にやめるからな」
「今日は百話やるわよ!」

元気よく東條先輩が宣言する。私も、おそらく宗像先輩も半信半疑だった。なにより私のお話のストックなんてとてもじゃないけど三十話もない。

「いやー……無理じゃないっすか」

宗像先輩がジト目で東條先輩を見ながら言う。

「やってみなきゃ分からないじゃない!じゃあまず私から行くわよ!」

問答無用で始まった百物語だったけれど、三週目くらいまでは頑張ってみたものの、さすがに早々にネタが尽きた。

「大体クーラーの効いた部屋で百物語ってのが間違っている気がするんですけどね」

などと宗像先輩は企画の根本から否定したりしていた。
東條先輩の突っ込みが入るかと思ったけど、見ると耳を真っ赤にして聞き流していた。先輩はお酒が入ってしまうと意外と大人しくなる時がある。
結局その後はお酒など飲みつつ、たわいもないお喋りに興じてしまった。

でもお酒の勢いで披露された宗像先輩の恋話とかは面白かったと思う。私は高校は女子高だったので、男の人の恋話ってとても新鮮だった。
そのまま明け方までだらだらと過ごし、夜空が白み始める頃には全員の電池が尽きてそのまま皆で昼過ぎ近くまで寝入ってしまった。

宗像先輩のアパートからの帰り道。東條先輩は意外にも満足げだった。

「いやー、楽しかったわ。これ来年もやろっか」
「結局何話まで行ったんでしたっけ?」
「十話くらいじゃない?」
「……それだと毎年やってもあと九年かかりますよ。先輩はもちろんですけど、私だってとっくに卒業してますけど」
「まあその時はその時で」

もともと軽いノリで始めたからか、続きも軽いノリで行われそうだった。

私は続きのことを考えてみる。あと九年。その時もこの三人で集まる事が出来たなら、それはそれで素敵なのではないかと思う。
今日みたいな感じだと、もし次があったとして十話も行くかあやしいところだけど、仮に百話達成したその後もこの関係が続くといいな。

夏の日差しに勢いづいたセミの大合唱が響く通りを歩きながら、私はそんな事を思うのだった。

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