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君と僕の選択

愛に理由なんてないというけれど。

それでも僕は君を選んだ理由をいくつも挙げられる。

何もないところでつまづいちゃうところとか。
構おうとした野良猫に逃げられて涙目になっちゃうところとか。
お気に入りのピンクの傘をうっかり電車に忘れてきちゃうところとか。
そんな君だから、いつも横で見ていてハラハラしていた。
僕が守ってあげなきゃと思ったんだ。

でもそんな君だから、周りの他の男子からも好意を向けられていて、誰とでも気さくに話せるから、君の周りには男女問わずにいつも人の輪ができていた。

僕はいつもその輪から少しはずれて歩いていた。周りの男子は誰もが僕より背が高くて、力もあって、たぶん僕よりずっと君を守るのに適している。それでも諦めきれずに、僕はその輪から離れられずにいた。

そんなある日、彼女一人と、僕を含めて三人の男子で映画を見た帰り道。大通りを歩いていると、突然車のブレーキ音があたりに響いた。びっくりして音のした方を振り向くと、一台の軽自動車と、その前には猫が一匹、地面に横たわっていた。その猫はぐったりとしているようだったけど、尻尾が動いていて、まだ息はあるように見えた。

軽自動車に乗っていたのはガラの悪そうなカップルで、そのまま猫をまたいで走り去ろうとしていたけれど、その前にまっさきに飛び出していったのが君だった。

「待ってください、まだ猫がいるんですよ!」

両手を広げて軽自動車の前に立ち、走り去ろうとするのを阻止する。周りにいる僕らは突然の出来事に驚いて、とっさに動けなかったけど、二人は慌てて後から車道に出て一人は彼女の代わりに自動車の前に立ち、もう一人は猫を抱き上げようとする。ただ、彼は口から血を流して苦しんでいる猫にひるんで手が出せないようだった。

僕はただ一人、情けないことにその場から動けずにいた。

何か出来ることはないのか、思いついたのは近くの動物病院をスマホで探すことだった。その間に、彼女は臆することなく猫を抱き上げると、走って歩道に引き返してくる。三人が揃って歩道に戻ると、軽自動車はイラついたようにクラクションを派手に鳴らしながら走り去っていった。傷ついた猫を抱きかかえている彼女に、心配そうに一人が声をかける。

「どうなんだ、猫。まだ生きてるか?」
「うん、まだ生きてるみたいだけど、早く手当てしてあげないと」

僕は三人におずおずと、声をかける。

「あの、この2つ先の交差点の角に動物病院があるみたいなんだけど…」

言って動物病院のある方向を指さす。聞くが早いか彼女は駆け出していた。彼女を庇うよう寄り添いながら、他の二人もついて行く。僕はここでも出遅れていた。後から追って走り出す。

運の悪いことに、辿り着いた動物病院は休診日で閉まっていた。慌てていたから、僕も診療日までは調べ切れていなかった。

「なんだよ、閉まってるじゃねえか」

一人が僕に向かって思わず声を荒げる。彼女を見ると、猫を抱きかかえたまま、意を決したように病院のドアを叩いて呼びかけ始めた。

「お願いします!開けてください。自動車に轢かれた猫がいるんです!」

他の二人も彼女の手助けをしてドアを叩く。「お願いします!誰かいませんか!」僕も一緒に呼びかけようかと思ったけど、すでに三人でドアの前はいっぱいだった。スマホには病院のホームページが表示したままになっていることに気が付き、僕はそのページから電話番号に飛んで、そのまま電話をかける。スマホを耳に当てると、呼び出し音が何度もなっているけど、電話には誰も出ない。誰もいないのか…。あきらめかけた時、病院のドアがかちゃりと開いて中から出てきたのは、普段着を着た白髪の男性だった。驚いた顔で僕たちの方を見て声をかけてくる。

「いったいどうしたんだい、君たち?病院の電話を鳴らしているのも君たちかい?」

男子の一人が、病院の先生と思しきその人に話しかける。

「そこの交差点で、轢かれた猫がいるんです、診てもらえませんか」

彼女が抱きかかえていた猫をその人に見せる。その人は猫の様子を見て真剣な表情になると、僕らを手招きして中に入るように促した。

「分かった、診てみよう。中に入りなさい」

こじんまりとした動物病院だったので診察室に大勢は入れず、彼女が代表でその医者の先生と診察室に入っていった。僕ら男子三人は待合室の椅子に座って待つことになった。僕は椅子に俯いて座ったまま、ここに来るまでのことを考えていた。猫はなんとか持ち直してくれるだろうか。僕はもっとなにかできたんじゃないか。

診察が終わるまでにそこまで時間はかからなかった。
その意味するところは、つまり手の施しようがなかったということだった。

彼女は医者の先生が用意してくれた箱に入れられ、力なく息を引き取った猫を抱えて診察室から出てきた。その瞳はどうしようもなく潤んでいて、必死に涙を堪えているのがすぐに分かった。

他の二人は必死になって彼女を慰めている。

僕は彼女が抱えている箱をのぞき込む。目を閉じ、息をしていない猫を見た瞬間、僕は泣いてしまっていた。結局何もできなかったじゃないか。彼女はあんなに頑張っていたのに。彼女はいきなり泣き出した僕をみて一瞬驚いた表情をして、そのあと僕につられたのか、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
嗚咽は徐々に大きくなり、結局僕と彼女は二人でその場で立ち尽くしたまま泣きじゃくっていた。

後日、病院の先生が猫の埋葬を無料で手配してくれた。連絡は代表者として彼女に届いたらしく、合同墓地に葬られた猫のお墓参りに行くことになった。僕が待ち合わせ場所に小さな花束を持って着くと、待っていたのは彼女一人だった。

「あれ、ほかの二人は?まだ来ていないの?」

彼女に問いかけると、彼女はゆっくりと首を振って否定する。

「ううん。今日来てもらったのはあなただけ」
「…なんで?」

なんで僕だけなんだろう。僕はあの時、結局何もできなかった。すると彼女はこう答えた。

「あなたに来てほしかったの。あのとき一緒に泣いてくれたあなたに」
「…そっか。分かった」

二人で並んでお墓に手を合わせる。
僕は君を守るのに向いていないかもしれない。
背も高くないし、力もない。
けれど、一緒に悲しむことはできる。
君と同じ気持ちで、君に寄り添いたいと、僕はそう思ったんだ。


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