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玻璃の心が砕ける前に【後】



「……今日の水瓶座の運勢は……」

テレビの占いが聞こえる。なんだ、水瓶座は最下位か。ついてないなぁ。

「そんなことないよ。ラッキーだったんだって」

……ラッキー?どこがさ?
そこまで考えてから、記憶が急によみがえってくる。
玻璃。黒猫。大雨。崖。土砂崩れ。そうだ、玻璃はどうなった?
僕は目を開ける。白い天井が目に入ってきた。右手が温かい。誰かが手を握ってくれているようだ。そちらを向くと、涙でぐしゃぐしゃに顔を歪ませている玻璃が座っていた。

僕は事態が飲み込めないまま、玻璃に挨拶を告げる。

「……ええと、おはよう、かな?」
「うん、おはよう」

玻璃は涙を拭うと、僕に勢いよく抱きついてきた。いきなりの玻璃の行動に僕はそのまま抱きしめ返すべきか、どうなのかよく分からないまま宙に両手をさまよわせる。今の状況が全く分からず、僕は玻璃に訪ねる。

「それで、なにが結局どうなっているの?」
「ええとね」

玻璃が言いかけたところで病室のドアが開き、先生が入ってきた。

「お、ついに目が覚めたか。良かった良かった。3日も昏睡してたんだぞ」
「え、そうなんですか」
「そうなの。もう目が覚めないかと思って凄く心配だったんだから」

またも泣きそうになるのをこらえるように玻璃が告げる。先生からも補足として伝えられたことによると、あのとき僕は土砂崩れに巻き込まれた。しかし運良く廃屋の隙間に滑り込んだことで全身が埋まることはなく、僕が突き飛ばしたことで土砂崩れの流れから逃れられた玻璃が呼んできた救助隊によって病院に運ばれたらしい。命に別状はなかったものの頭を打っていたために安静が必要となり、今日まで眠っていたという。

「それじゃあ、玻璃が助けを呼んでくれたんだね、ありがとう」
「ううん、元はといえば私が勝手に病院を飛び出したのが悪いの。こっちこそごめんなさい」

そう言って目の前で下げられた玻璃の頭を僕は優しく撫でる。はにかんだように微笑みながら玻璃が顔を上げる。

「でも、玻璃が見えるようになってるけど、もう、その……病気は大丈夫なの?」
「助けを呼ぶのに必死だっただけなんだけど、先生がいうにはすっかり良くなったんだって。……あの時はそれどころじゃなかったから」
「まあ、それもそうか」

生死が危うくなるほどの危機に際して生存本能が働いたことで、「消えたい」と思う暇が無かったのだろう。それでも消えたいと願ってしまうのであれば、それはもう手遅れであって、幸いにも玻璃はそこまでは行ってはいなかったということなんだと思う。
そういえば、と僕は思い出す。

「そうだ、クロはどうなった?」
「無事だよ。今は家で大人しくしていると思う」

玻璃はそのまま黒猫を連れ帰り、家で飼うことにしたらしい。動物を飼うということも、彼女にとっては大事なことなんじゃないかと思う。それから僕が退院するまで、玻璃は毎日病室へ通ってきていた。すっかりこの前と立場が逆だ。そう言うと彼女は恥ずかしそうに笑った。


***

「水瓶座の今日の運勢は……」

今日は水瓶座が一位らしい。それを確認すると僕はテレビを切って玄関から外へと出る。

門の前では玻璃が僕を待っていた。僕は彼女と朝の挨拶を交わす。

「おはよう。」
「うん、おはよう。」

僕らはこの他愛もない挨拶を交わせる今が、かけがえのない瞬間であるということを嫌というほど実感した。普段の朝の挨拶がこんなに愛おしいと思う日が来るなんて思いもしなかった。

好きな人と共に、今日も朝を迎える。

あちこちで朝の挨拶が交わされている。

世界が今日も始まっていく。

かけがえのない今日の一日を、君と一緒に。

僕は手を差し出して来た玻璃の手をぎゅっと握りしめると、学校までの道をゆっくりと歩き始めた。

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