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きさらぎみやび
2021年3月28日 22:54
「ナンパされたい」唐突に目の前でつぶやかれたその言葉に、私は思わず作業していたパソコンから顔を上げる。いきなりなにいってんの、この子。「え、どういうこと」ローテーブルを挟んだ向かいに体育座りしてスマホをいじっているマリコを見ながら私は問いかける。言葉の端々にトゲを含んでいないと言えば嘘になる程度には、きつめの口調になっていたと思う。一緒に暮らして付き合っている相手の前でいきなりそういう
2021年3月18日 22:49
「……今日の水瓶座の運勢は……」テレビの占いが聞こえる。なんだ、水瓶座は最下位か。ついてないなぁ。「そんなことないよ。ラッキーだったんだって」……ラッキー?どこがさ?そこまで考えてから、記憶が急によみがえってくる。玻璃。黒猫。大雨。崖。土砂崩れ。そうだ、玻璃はどうなった?僕は目を開ける。白い天井が目に入ってきた。右手が温かい。誰かが手を握ってくれているようだ。そちらを向くと、涙で
2021年3月17日 23:29
玻璃がいない朝の通学路。相変わらずモノトーンで埋め尽くされた世界は陰鬱な色で満ちていて、救いの光を失った僕は、そこから逃げ出したくなる気持ちをどうにか押しとどめながら坂道を登る。にゃあ。ふと、鳴き声がした。声のしたほうに目を向けると、黒い猫が一匹、塀の上に寝そべってのんきにあくびをしているのが見えた。猫一匹が乗るのがやっとのわずかな幅のその上で悠々と寛いでいるそいつは、よく見ればいつ
2021年3月16日 23:42
朝の通学路では僕と同世代の男女がモノクロームな表情で学校へと続く坂道を歩いている。粛々と続いていく人の列はどこか陰鬱で、自分もその一部であることが無性に嫌になって逃げ出してしまいたいと思うこともある。おそらく誰にでもそんな瞬間はあるのだろう。けれど僕には一つだけ救いがあった。白いブレザーと黒の学ランで出来た迷路のような人波をかき分けて、僕は息を切らしながら一人の女の子、幼なじみでクラスメイトの
2021年3月12日 00:20
ふらりと訪れたそのバーで、一人グラスを傾けている女性に声をかけたことに深い理由はない。しいて言えばその日はひどく酔いが回っていて、普段ならやらないような大胆な行動が出来たのだろうと思う。「ずいぶんとつまらなそうにお酒を飲むんですね。よければお話相手になりますよ」そう言いながら女性の横のスツールにすっと腰かける。彼女はこちらに顔を向けると値踏みするかのようにじっと見つめてきた。横顔でも美人と
2021年3月7日 23:05
上履きのままで、体育館に足を踏み入れる。きゅっ、と靴底のゴムと床のワックスがこすれて音を立てる。紅白の幕に覆われた体育館はいつもと違ってすまし顔だ。少し浮き立っているような、緊張しているような空気の中で、卒業式は淡々と進んでいく。ひび割れたマイクの音、卒業生一人一人の名前を告げる先生の声。すすり泣く声があちこちから聞こえてきて、つられた私は目尻に水玉を作る。こっそりと指先でそ
2021年3月3日 23:47
三月三日は桃の節句、ひな祭りだ。女の子の健やかな成長を願う行事。我が家も今年はおひな様を出すことにした。我が家は母子家庭ということもあり、日々の家計に余裕はないのだけど、おひな様は私が小さい頃に買ってもらったものがまだ大切に取ってある。お下がりで申し訳ないなと思いながら、押し入れの奥からひな人形の入った段ボール箱を探り当てて引っ張り出す。私が部屋の奥でごそごそとしていたので気になったのか、作